▲見どころ、読みどころ▼

 子供をしつけるときに、親というものはどうしても子供に痛い重いをさせないようにとばかり気をつかって、なぜそういうことを教えなくてはならないかということを忘れてしまいがちになるようです。なぜ包丁を触るといけないか、それは危ないからである、なぜ危ないか、それは切れるからである、なぜ切れてはいけないか、切れる問いたいからである。というならば、包丁を触りたがるときには、ちょっと切ってあげればいいんじゃないかと思う。電気ガマならば、どれだけ熱いかをフタをとった湯気にでもしばらくあててあげればいいと思う。でも頻繁に子供が危険に接近するとついつい禁止命令を先に出してしまう、そこが面倒なんだよな。
 親が子供のことを考えるときには、この子供がどういうふうに金を稼いでいくかということを念頭におかないと教育やしつけは意味をなさないと思う。金の稼ぎかた、身の立てかたの最終ビジョンがなければ時代潮流とともに各地に分配されていくだろう。わたしはぜひ子供にはアーチストになってほしい、アーチストは素材を通じて世界と対話できる。出家するならそれもいい。わたしもいずれは出家するつもりだが、そのときにしていなければぜひ一緒に誘ってほしい。あちこちで野ざらしになる親子というのも、なかなか渋いと思う。では、どうぞ。




教育的見地から

反面鏡をたたえながら燃焼する石油ストーブは
嬰児に与することのない邪悪な存在なのである
だからぼくらはきみに
その四角いものへの接触を禁じたが
どうやらきみにはぼくらの心情が伝達されていないようだ
そうではなかった
かつてはそうではなかった、わが子よ
きみの母親はきみにそれが危険極まりないものであることを
きみとストーブの距離が接近するにつれて悲鳴に酷似していく
彼女独特の直接的な方法で教えていたはずなのだ
ぼくもまた何度もその教授を耳にした
通常の事態ではぼくらはきみにこういった

見てるだけ、
見てるだけで触るとあっちっち

用もないのにストーブの前まできみを連れていっては
あっちっちと雄叫びをあげながら
ぼくらの腕を燃え移った薪のように激しく降ってみせる
どうだ、という気構えできみを振り返るときみは
ぼくは決して手を出しませんという印の
ぱち、ばち、ぱちの拍手を返して
了解の合議が成立していることを伝えた
ところが会議は踊っただけだったのだ
いや、きみの真意を解読してもっと正確に言えば
調停の捺印も済んだのだけれども
そこには期限の明記が欠けていた
きみはどうしても
石油ストーブに触りたくてしょうがなくなったのだ
ぼくらは困惑しながら日々を数えた
圧政なしではたして教育は無力か
禁止は幼児にとっては言語で十分か
惑星は自転を反復する
太陽は北風よりも永続する
ぼくらの土地にも季節が交差する
すなわち春の到来である
ぼくらは毛布を不要にする
きみには奥歯が樹林される
すなわちストーブのお片づけの時期である
ぼくらは和解と好奇心とを贈与しあう
浄土を持たぬ他力本願の予期せぬ勝利である
なしくずし風の危機の回避
しかしまたなしくずし風の危機の再訪
巷に雨の降るごとく
ぼくらの軒先を雫となった雪がしずこころなくかすめていく
すなわち発熱機器の再検討である
天候は胴元のいない賭博であるから
ぼくらは再び困惑の貨幣である
ちゃりん!

もういいだろう
語ることさえ恥ずかしい
石油ストーブの教育はふたたび季節の手腕に委託されたのだ
だが石油ストーブは去ったけれども
教育の課題は去ってはいかなかった
なぜなら
冷蔵庫は季節の旬を選ばないからだ
きみはぼくらの活動をそのまま模倣しないと満足しない
うるさい、うるさいといっても泣きやまない
ぼくはきみの腕をぼくの手にのせてはたきさえしたのに
きみは再三、再四扉を開閉させてしまう
ぼくが大声で名前を呼ぶとすくんでしまったきみなのに
たたかれようと怒鳴られようと試みを中断しないのだ
どうしてそんなに冷蔵庫が好きなのか
子供は子供らしく積み木で遊びなさい
実用物は玩具ではないのだ
きみの玩具はここにある
ほら、キティちゃんのパパとママだ
これを指に入れてぴこぴこ折り曲げて喜んでいなさい
いやかい、それならこれはどうだい
そっちへいくんじゃないと言っているだろう
これはどうだ、すごいだろう
ひっぱればついてくる糸つきのアヒルさんだ
もうとっくに飽きていますか、失礼しました
ぼくらが買ってあげたものはひとつもないから
増える道理がないといえばないものだから
だからといってそっちへ行くな
ぼくが叩いても禁止できないきみを彼女が
痛ましげな目つきで見ているのがわからないのか
ぼくという論理が通じないいま
この家にはきみを取り締まる権力もない
そもそも父親の威光というものは
こういうときのために保管されているに違いないが
ぼくらははやくもそれを消費してしまったのだ
嘆くな、
嘆くな、ぼくらよ
まだ一歳にも満たない嬰児を扱いかねて
そんなに困った顔をするなよ
とくにぼくは嘆くなよ
それはあんまり安易な方法だ
ぼくは父親なのだから
だれにこいつは似ているのだといって
ぼくの妻を横目でにらむなよあるいはまた
ぼくは教育を放棄するといって
期待の平均率の調律を投げ出すなよ
どうすればきみを冷蔵庫から引き剥がすことができるか
しかしきみが寝てしまったので
ぼくも設問を眠らせて
なにひとつ解決しないまたまま翌日となったのだ
あらゆる困難は放置の力学上に成立している
しかもなんということか
ぼくがパジャマを引きずって起きてきたときにはすでに
もう問題は解決していたのだ
彼女が伝えるところでは
きみは今朝もご機嫌のお目覚めとともに冷蔵庫に接近して
彼女をしたたかに打ちのめしたという
彼女はもう無力の寵児だ
きみに対して効力をもたない
いまや全面的に暴君となったきみは
どのような妨害にも遮られず扉を開けて
ケチャップをだしてはフタをなめまわし
お気に入りのマヨネーズを脇に寄せ
さなかせ調味料のハーレムを形成していたが
ことのついでに手に触れたこんにゅくの袋に噛みついた
内在していたこんにゃくは
自然科学でいわゆるアルキメデスの法則を墨守して飛び出てくる
きみは思いかけない逆襲に出会ったわけだ
人間とは社会的諸関係の総体であり
戦争も交通の形態であるという伝聞の断片から判断すると
きみはさらに豊富な人間になりつつあるぞ
きみがそこで怯えて泣き出し
旧知の母親の元に後ずさりしたからといって
どのような恥を感じる必要があるだろうか
こんにゃくの圧倒的な慈悲が
きみにとって悪意と映えようとも
きみはここで学ばなければならない
つまり
根気のない親は無視してもしかるべきことと
世界が温和な好意の外側にもまだ広がっていることを、だ
そうしてぼくは
自分の短気の諌めと
すばやく調理にまわされたこんにゃくとを噛みしめる
そうして彼女は
冷蔵庫の前にテープルを常置する旨を宣言する
きみと
ぼくと
彼女との
それがその昼の風景である