青空/揮発

1

もうしばらくしたら
でかけよう

2

死ぬのがこわかった
自分がいなくなるのがこわかった
でももういいんだ
ぼくにはわかった
ぼくは死なない

3

みんな死なない
ただ世界が
とても明るくなったり
暗くなったりするだけだ
光、なんだから

4

からだは死ぬ
きっとみんなは
このことを自分は死ぬと思うんだな
からだについている名前のことを
自分だと思ってしまうんだな、ちょうど
満ちる月欠ける月に名前を命けたように 
月は浮かんで回る蒼穹の湿布薬みたいなものなのに

5

人生が一度であるという迷信を流布させて
時価を高めようとする人生の策略よ、
そうしてますます装飾を重ね、
箱を幾重にも増していくがいいよ、
天へと揮発していくこの身体のこうばしさよ。

(わたしと呼び慣わし、
呼び染まり、呼び映えていく
わたしという風景のなかを
わたしという生きる者が、
わたしという生きる意思が
あたかもそのことを
旅とみなしているかのように
進んだり、
立ち止まったりすることができるかのような錯誤を抱きながら)

(滑稽にも、愚かにも)

わたしは永劫不変にわたしであるよりほかにないわたし。
わたしを辞めることはできないということに気づかなくて、
また別のわたし、
なれるかもしれないわたし、
わたしに潜んでいるかもしれないわたしに向かって
投機していく買い手でありながら、
売り手でもまたあらねばならないわたし。
わたしはわたしを辞めることはできない。
わたしはわたしを果たし続けなければならない。
わたしから降りることはできない。
では、わたしにとってわたしとは義務であるのか。
わたしにとってわたしとは
甘い密会であるのか、
わたしにとってわたしとは
自由の泉であるのか。
わたしはわたしを欲していないのか、
いやいや、そんなことはない、
わたしはわたしを愛している、
わたしより深く、わたしよりはるかに身近に。

それゆえにこそわたしは
今日という包帯に包まれながらも
またしんしんと深まっていくのである、
このわたしという風景が。

6

失われていくものと
得られるものとの
均衡のなかでわたしは体験する。
わたしは甘いだろうか。
わたしはおいしいだろうか。
きみはもっとわたしを
そしてわたしはもっとわたしを味わいたいと願っている。
月のように奪われながら
それは惨劇と呼ばれることもなく
ただ盈ち欠けていくいとなみ。

7

言葉のなかに永遠が沈む水平線がある

8

あまりにもすべてのものが繋がり合っているので、
もう名前さえ役に立たなくなってしまう。
額を濡らしてすべりおちていく雨滴を、
いったいどこからどこまでを<雨>と呼び、
いったいどこかにどこまでを<水>と呼べばいいのか。
天空の句読点が大気の呼吸を、
息の途切れと風信とを
忠実に知らせてくれるので、
それを気象音読とたとえ言い換えても、
それはそれだけのこと、
跳ねて再び池の波紋となって静寂。
きみはどこから
光を花と呼び分けることができるのだろうか、
あのただ光のためだけに造形されたみずみずしい繊維の滴を。

9

病み続けているのはわたしたちばかりではないだろう。
劇でさえもが、
そしてかけがえのない言葉でさえもが
わたしたちとともに停留しようとしている。
だが、案じることはない。
先人たちが言葉を残して身体は消え尽くしていったように
わたしもまたわたしという風景鑑賞がすめば死ぬのである。
死は病いだろうか、
しかし死が病いであるならば
生きていることはそもそもの始めから治療不能なもの。
ところが生きていることは
もっと潔白ななにものかである気配。

10

わたしは死なない、
死ぬのはぼくだ。
わたしは死なない、
死ぬのはからだだ。
わたしは死なない、
死ぬのは今度のわたしという順番だ。
わたしは死ぬ、
わたしは死ぬない。
やはりわたしは死ぬ、
やはりわたしは死なにぬねの。
わたしは死ぬ、
わたしはまた生まれてくる。
わたしはまたまた死ぬ、
わたしはまたまたまた生まれてくる。
わたしはまたまたまたまた死んだ、
わたしはまたまたまたまたまたま生まれてきた。
死ぬ、
生まれる。
死ぬ、
生まれる。
死ぬ、生まれる。死ぬ、生まれる。死ぬ。そうだ、もういい、もう生まれてこなくてもいい、こんな茶番をいつまで続けるつもりなんだ、人生よ、もうこいつが生まれてこないように深く深く空の奥に沈めてやってくれ、沈めても沈めても浮いてくるこの瓢箪め!

11

わはは。

12

わはははは、

わっはっは、

わはは、

わはははは。

13

のどが渇いた、

ちょっと水でも飲んで、
もうしばらくしたら
でかけよう

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