北の詩人




 気候も良くなってきたので、会社をブッサボって旅に出ることにする。
 金曜日の仕事がはねたあと、365で敦賀へ向かう。
 1:30発の苫小牧行きフェリーは空いていて、他にバイクは1台も居なかった。

 飛行機ですぐに着いてしまうのも旅情に欠けるが、かといって19時間の船旅が退屈でないというわけでもない。
 必然的に昼間から酒を飲むことになり、金がかかる(フェリーのビールは高い)。その上、体調も悪化する。
 さらに苫小牧着が夜というのも、プランニングの上では実に好ましくない。
 どうせなら翌朝着いてくれればいいものを…と思うが、トレーラーのついでに乗せてもらっている二輪車としては文句を言えた筋合いでもない。
 というわけで、雨の苫小牧東港に定刻夜8時半着。


 フェリーターミナルの周りには漆黒の闇がどこまでも広がっている。
 ここから苫小牧市街まででも25kmある。本当に何ひとつ存在しない、宇宙空間に匹敵する無の世界である。
 道は真っ暗で大型トレーラーだらけ。気温は低く、風もキツイ。土砂降りの雨はさっぱり止む気配もなく…と全くサイテーな状況だが、 心を強く持って今日中に札幌まで行くことにする。
 ブーツの中に雨水がたまって、あまりの不快感に身悶えしつつも何とか札幌までたどり着き、豊平郵便局の前にある電話ボックスのタウンページで 安そうなビジネスホテルを探す。


雨の街札幌 赤れんが庁舎


 翌朝。
 雨は止みそうもなく降り続いている。
 どうしようもないので、今日はバイクに乗らず札幌市内をてこてこ歩き回ることにする。
 地下鉄の売店で折り畳み傘を買い、赤れんが庁舎へ向かう。
 庭の池にはカモの親子がいた。
 長津田の偏執者が昔、あほみたいに「ガモガモ」とよく言っていたのをぼんやりと思い出す。
 あれはいったい、何だったのだろうか。


ガモガモ ガモガモ


 赤れんが庁舎の中は開拓時代の資料が集められ、ちょっとした博物館のようになっている。
 入場無料で、こんな雨の日の時間つぶしにはちょうどいい。
 とはいうものの、じっくり見て回っても何時間もかからない。
 行くところも無いので、繁華街へとふらふら歩いていく。


赤れんが庁舎内 前庭


 小腹が空いたのでぜいたくにも寿司屋に入るが、ハズレだった。
 店を出ると正面にウィンズがあった。今日は年に一度のダービー・デーである。
 もう何年も馬券を買ったことなどなかったが、何かたまらなくなつかしくなってウィンズの中をふらふらと彷徨う。
 夜、大学時代の友人と久し振りに再会し、したたか酩酊する。
 北のネオン街には、べろべろの中年男が怖いほどよく似合う。


中山峠 羊蹄山
ニセコ 島牧YH


 翌日。
 天気は回復したが、頭痛が回復しない。
 しかしもたもたしていられる時間も無いので、重い身体を引きずって中山峠を越える。
 寒い。もう6月だというのに、道端には雪の残るところもある。
 喜茂別〜倶知安〜ニセコ〜真狩〜留寿都と羊蹄山麓をめぐる。
 それにしても、こんなに雄大な自然の懐を小さな単気筒車でとことこ走り回ることが出来るなんて、なんと幸福なことだろう。
 留寿都から南下して、洞爺湖畔をひと回りする。
 有珠山噴火の傷跡が今なお残る山道を越え、虻田の町に下りる。
 洞爺駅前を通る。雄二郎〜と叫びたくなったが、やめておく。
 今夜は島牧のユースホステルに泊まることにする。ユースに泊まることも久しくなかった。5年振りくらいだろうか。
 シーズンオフで、他の客は居なかった。


快晴 海辺
遠い海辺 ずっと海辺


 翌日はさらに快晴。
 島牧から江差に向けて日本海沿いに下っていく。
 この辺りは道内屈指の観光客が来ない所で、ただ延々と海岸が続いているだけである。
 風が半端でなくキツい。小さなオフロードバイクでは吹っ飛ばされそうになる。


さらに海辺 江差町小黒部


 強風の中、のろのろと行くうちに雲行きがあやしくなる。
 江差まで来たところで進路を東に変更する。


七飯町緑町 駒ケ岳駅前
駒ケ岳
汽車 北海道な風景


 厚沢部から峠を越えると、道南の雄大な風景が眼下に広がる。
 大沼を周回し、駒ケ岳の見える静かな場所でバイクを停める。
 言葉にできないような風景。ジャイアント馬場が日本で最も愛したのがこの駒ケ岳と大沼の風景だという。
 馬場のような巨人でさえ圧倒されてしまうほどの雄大さがここにはある。
 それにしても風が強い。国道を走っていてもサンドブラスト攻撃に遭う。ヘルメットの中までジャリジャリになる。


長万部 たそがれ


 たそがれの長万部に迷い込む。
 今夜のフェリーで北海道を去らねばならない。もう残された時間は僅かしかない。
 陽が翳ると急に気温が下がってくる。先を急ぐことにする。


美しい村・静狩 苫小牧フェリーターミナル
ガラガラ 舳先


 真っ暗な苫小牧フェリーターミナルに戻ってくる。
 帰りのフェリーもガラガラで、快適だがどこか物悲しい。
 昼間からビールをあおり、ラウンジで寝転がって本を読む。贅沢な時間だが、明日からはまた仕事だけの毎日が待っている。
 悲しくて言葉にならない。