perfect drug <chapt3>
脈打つ鼓動がこめかみを圧する。心臓から流れ出した熱い物が体中を駆けめぐり、指先で跳ねてパチパチと弾ける。
急激に皮膚感覚が鋭敏になっていく中、上空から自分を見下ろす妙に醒めた目をした自分が呟いた。
「…そうか これからなのか…」
どうにかしたい けれどもう ほんの少し顎を振るだけでも目の前に光の渦が舞い降りて身がすくみ動けない。
状況を把握出来ない森田が ただ抱きしめてくれているだけなのが唯一の救いだった。
「お願いだ そのまま何もせずじっとしていてくれ… でないと俺は…」
皮膚表面が細胞単位で膨張し流れ出すように広がっていく。
ほんの微かな衣擦れにさえ粟立つ肌を持てあまし、平井は他者を拒むハリネズミの様に背を丸め身を強ばらせた。
震えの止まらぬその肩を抱きながら、どうしたものかと森田は考える。
肩口に寄せられた白い頬 きつく結ばれた目蓋、普段の平井からは想像も出来ないその痛々しい姿は 不安を煽る以上にいつにも増して愛おしい。
なにより先程 自分を見上げた瞳の中に浮かんでいた すがる様な色が脳裏にこびり付いて離れない。胸の中で燻るものに必死で首を振る。
「ヤバいだろ それは… 弱っている所につけ込む様な真似だけは…
やっちゃいけねぇよ… 絶対!」
「熱い…」やおら火照り始めた身体を支配する熱は 疼くように全身へと広がりながら密着した背中で幾重にも体温を増幅させていく。干上がる様な乾きに目が眩み 逃れる様に喉を掻く。
「俺が欲しいのは水か? それとも…」
焦燥感に追いつめられて 尖った神経の先は皮膚を突き破って四方に伸びていく。視界は端から黒く塗りつぶされ、その圧力で背骨は音を立てて軋む。耳元で響く地響きの様な心音と共に世界は歪み、気がつくと足元には何もなかった…。
喉の奥からあぶくの様に迫り上がってくる恐怖に耐えきれず 無我夢中で腕を絡める。
「銀さん… 銀さん… 大丈夫 俺ここにいるよ…」
見上げた視線の先には 真っ直ぐに眼差しをかえす森田の姿。
そのとたん部屋の壁は飴細工の様に溶け始め、淡い光の中に浮かぶ彼の姿だけが平井の視野を占領した
鼻先に触る黒い髪の感触と匂い。自分がよく知っている好ましい肌の香りと柔らかな眼差し。 一つ一つのイメージが胸の奥を擽る。
全ての音が消えグニャグニャと動く光の塊がゆっくりと押し寄せてきた。
「…何でお前はいつもそんな 捨てられた子犬みたいな目で俺を見るんだ?」
何故だか妙に可笑しくて笑いが止まらない。…どうしてお前は俺みたいな奴を信じてるんだ?こんな嘘つきな俺を…。
静かに髪を撫ぜられ額を寄せられるうち、ゆっくりと身体の自由が戻ってきた。
キラキラと光が降ってくる。なんだろうこの至福感は…。
痛みしか感じなかった皮膚に新たな感覚が生まれ育ち始めている。
柔らかく触れる森田の指先に合わせて、違う自分が声を上げ頭をもたげる。
それが救いか罠かを見切る前に 何かが頭の中で弾け、箍の外れた本能は快感に向かってまっすぐ腕を伸ばしていた。
森田の首筋に掌を這わせながらゆっくりと平井は体の向きを変えた。とろける様な笑顔を浮かべ膝の上に乗り上げ向かい合うと まだ焦点の定まらない瞳でじっと彼の眼を覗き込む。
ほっとして一瞬笑顔を浮かべた森田は次の瞬間またも凍り付くことになった。
やんわりと髪をまさぐっていた平井の指に力が入り いきなり引き寄せられたとたん、噛みつく様な口づけで口腔を犯される。あまりのことに頭の芯が痺れて揺れた。
「…クスリのせいだ…そうにきまってる… じゃなきゃこんなこと…」
口角を変え何度も重ねられる口づけに戸惑いながら 自らもその体に腕をきつく回し舌を絡める。
「普通じゃない… こんな風に求められたことなんか今まで一度だってなかった…」
ただそうと分かっていても、今一瞬の彼の行動に夢中にならずにはいられない。
先程まで透き通る様に白かった頬にはうっすらと赤味が差し、触れる掌は森田のそれよりも火照って熱い。
引き剥がす様に唇を離すと ゆっくりと体重を掛け平井の身体をシーツの上に横たえた。唾液でてらりと光る唇の艶めかしさと瞳に浮かぶ誘う様な色ににぞくりと背筋が震える。額を胸に押しあて背中に両手をまわし抱きしめると、また細波の様な震えが彼の全身に広がり始め それを止めようとするかの様に森田は腕の力をさらに強めていった。
→ next
<<続>>
Date 2006 ・ 11 ・03