perfect drug <chapt2>
ベッドの上に体を降ろされ、慌ただしく上着を脱がされベルトを緩められる。
「水 持ってきますね…」
そっと布団を掛けられた後、森田の声が妙に遠くから脳に響いて聞こえた。
薬を口にしてから優に3時間は経っている。
「おかしい… 普通の合成なら とうにピークを過ぎる頃…」痺れる感覚の中で考える。
伊沢の誘いに乗った時、平井の頭の中には もちろん最悪の場合についてのシュミレーションもあるにはあった。見ての通りの悪党だ。縊られたとしても何の不思議もない。差し出された薬包を前に 仮面の下の自分は一瞬手の内のカードに目を走らせ、しかし何喰わぬ顔でその申し出を受けていた。
己の死すらも今では然したる恐怖の対象にならない そんな自分は充分壊れている。
自虐めいた笑みは相手の嗜虐心を煽ることも承知の上で薬を口に含んだ。
随分な年数を裏の世界で過ごしていれば、それ相応にクスリとの接点も出来る。若い頃は取り引きの片棒担いだことも、攻略の道具として利用したこともあった。しかしそれはあくまで手段として用いたと言うだけで、平井本人は薬物使用について否定的だったし、ヤク絡みのヤマを極力避けてきた。
彼が凌ぎに足を踏み入れた頃のこの国はほんの30年程前とは言っても今と違い、薬物に関して野放しと言っていいような時代だった。駅構内でビニール袋を口にしゃがみ込んでいる若者達や、繁華街の裏道で使い捨てられたポンプなど日常茶飯事の光景だったし、制裁の一つとしてクスリが使われることも度々だった。
若い頃の彼も 何度かそういう目に遭っている。そしてそれが、暴力だけでなく性的な意味合いを持っていることも充分思い知らされていた。
先程のホテルで伊沢が取った行動を思い起こせば、あの錠剤がダウナー系の眠剤ではなくアッパーのラブドラッグである確率の方が高いように思えたが、部屋にいる間そのような高揚感は全く訪れなかった。むしろ血の気が引いて沈み込んでいく感覚。
伊沢の様な奴が手に入れて取り引きに使おうと思うぐらいのモノだ、街内で簡単に手に入るような薄いモノであるはずはない。形状的に錠剤であったのだから、いくら経口投与だといっても2〜30分で効き目は現れるはず。にも関わらず奴に触れられた時体は何の反応もおこさなかった。
「やっぱり 眠剤か…? それともPCPとか…」
新手の薬物だとしたら もう想像の範囲を超えている。
持ち上げた指先にチラチラと爆ぜる青白い光が見え、その花火に呼応するように神経にチリチリと痛みが走る。
いつの間にか先程までの沈み込むような体の重さは抜け、ふんわりとした酩酊感が腰のあたりを持ち上げ始めていた。
足音と共にぼやけた人影が近付いてきた。
やんわりと抱き起こされ背中に体温を感じながら 差し出されたペットボトルに口を付ける。凍みるような冷たい液体が喉に流れ込んできて けれど酩酊感は醒める気配もない。
背後にいる森田の表情は見る事はできないが、体を支える指先の力に彼の心配の程が痛い程伝わってくる。
「…心配するな 少し休めば大丈夫だ…」
口にしたはずの言葉は空気に溶け形をなさない。けれど重ねた掌の確かな感覚に一刻森田は安堵する。
「銀さんが待てと言ってるんだ 少しだけ もう少しだけ待ってみよう…」
溜息をついたそのついでに 首筋に唇を軽く押しあてる。
「…っ!…」
いつもなら気にもならないようなそんな小さな刺激に平井の身体が大きく跳ねた。
「…銀さん?!」
森田が驚くのも無理はない。当の平井ですら一瞬何が起きたのか分からずに唖然として森田を見上げる。急激な心拍数の変化。どっと汗が噴き出し、心臓がどうにかなりそうな音を立てている。止まらぬ身体の震えを持てあまし思わずシーツの上で身体を深く折り曲げた。
見えない物に向かって目を見開き硬直するその背に 混乱し身をすくめていた森田は どうしてよいか分からず、それでも彼を抱きしめようと恐る恐る腕を伸ばす。
「銀さん… 銀さん…」
優しいその声と抱き留められた安堵感に緊張の糸はぷつりと切れ、平井の身体は森田の腕の中へ静かに沈み込んだ。
→ next
<<続>>
Date 2006 ・ 11 ・01