右手
薄く眼を開けて何も見えない暗い天井を見つめていた。何も考えていない。
布団の下で動く自分の手さえも 意識の外で動いているような感覚。
行為に没頭しているようで 心はうわの空ということが結構ある。
生理的に熱を吐き出す事を体が望んでいるだけで、精神はそれ程の高まりを感じて
いるわけでもないという状態。
それは傍らに繋がりあえる他人がいる時も、自分一人の時でも同じ様なもので、
元々そちらの方面の欲が薄いのか、あるいは愛情が足りないのか 自分ではよくわからなかった。
若い頃は衝動的な肉欲に 精神までもが満たされた様に思っていたこともあった。
でも 何故だろう… 今瞼を閉じても、かって愛していたと思っていた女達の具体的なイメージはまるで浮かんでこない。
ただ 指先だけを 静かに動かし続ける。
単純な刺激だけでも 体は反応する。
試しに 好きなパーツを思い描いてみる。
長い髪 震える睫毛 筋の通った鼻…
きめ細かく引き締まった肌 躊躇いがちに触れる暖かな掌
側に寄るとほんの少し自分より熱を感じる体…
耳朶が熱を持って脈を打つ。
そのリズムが手の中の自分とシンクロして頭の奥に低く響く。
肉感的な唇 真っ直ぐで強い意志を秘めた瞳
甘く優しく自分の名を呼ぶ低い声…
「 … 銀さん … 」
「…!!…」
耳元で囁かれた気がして 弾かれるようにベッドの上に身を起こした。
目を見開いて暗闇を透かし見る。そこに何も潜んでいないことを確認すると、胸に手を当てて ホッとしたように大きく息をついた。
「 …びっくりした… 」
額の冷や汗を拭い、髪をかき上げ また体をベッドに投げる。
何のことはない
意識してバラバラのパーツにしておきたかったそれは もともと一つのパズルであって、組み立ててしまえば自分のよく知る男でしかないということ…
認めたくはないが そんなことは随分前からわかっていた。
ただそれを欲として 自分の体が欲しているのだということを受け入れるのには抵抗があった。
自分にはそんな嗜好などないと思っていたから。
でも今 あの男を頭に想い描いている自分の体は、手を伸ばさずともわかる程
高まり奮えている。
逆らえなかった。
目をつむりゆっくりと腕を下ろす。
もうパーツとしてではなく はっきりと彼の姿を瞼の裏に思い浮かべながら。
血管の中に棘が入った様なチリチリとした快感が体中を走る。
想像の中でその目にその腕に 全身をまさぐられ犯され思わず声を上げそうになる。
トロリと溢れ出したものに 自分の欲しいものは何かをはっきりと教えられ、包み込む
掌に少し力を入れた。 緩く腰が動いてしまうのが止められない。
唇を噛みしめて、でも心の中ではさっきからもう何度も その名前を呼び続けていて、
自分の右手が彼の手であればどんなにいいかと 痺れる脳で考える。
未だ肌を重ねたことも、思いを伝えたこともない男を思って こんなにも興奮している
自分が浅ましく恥ずかしい。
徐々に自分を追い込みながら まだ知らない彼の姿を想像する。
悩むことはない。あの男のことが欲しいのだ。そう腹をくくってしまえば もう怖いものもなかった。
その腕を唇を 脳裏に浮かべてスピードを上げる。
下腹部に熱い物が迫り上がってきて 無意識のうちに四肢に力が入る。
頭の中が真っ白になる一瞬手前 我慢出来なくて 思わずその名前を呼んだ。
「 … 森田っ … 」
全身の痙攣と虚脱感… 手の中に吐き出したものと弛緩していく体…
これまでも何度となく繰り返してきた行為なのに 胸に込み上げてくる異質なものに
困惑した。
「…でも俺から告白するってのは ちょっと嫌だな…」
熱を失って理性に支配されると すぐに駆け引きを考えてしまう自分は汚いなと思う。
うまいこと丸め込んで 奴の口からその一言を言わせたい。
「でも 奴はどういうつもりなんだ? 俺に惚れてるのは見え見えなんだが…
単なる尊敬と好意だけなのか…? 舞い上がってるのは俺だけなのか…?」
眠さと気持ちよさで 筋道立てて考えられない。
「…ま、いっか… 奴にその気がなけりゃ 押し倒しちまおう…
どうせ 俺の方が腕力あるし… …実力行使に出れば あいつも諦めるだろう…
…クク …何か 無茶苦茶だな…
…でも…どんなことをしても 奴が欲しいんだ 俺は… たぶん…」
あまりにも固執し過ぎていて 久し振りに思いっきりワガママな自分が可笑しくて
えらく幸せな気分のまま枕に頬を押し当てる。
目が覚めても憶えていたら 俺から言ってもいいかな…
思ったそばから 意識は溶けてなくなっていった。
Date 2006 ・ 08 ・ 05