make a wish 4
結局マンションに戻れたのは夜の底も白み始める午前4時過ぎ。
幾分小降りになった雨の中、平井は小走りにエントランスに向かい、 スーツの水滴を払いながらエレベーターに乗り込んだ。
ドアの前で塩をふり、寝ているだろう森田を起こさぬように静かに扉を後ろ手に閉める。
廊下には暖かな明かりが灯っていて、それだけで少しホッとした。
リビングに繋がるドアを開けると暗がりの中、窓際の小さなスタンドの明かりだけが灯されていて、待ちくたびれてソファーに丸まって眠ってしまった森田の姿がその光の輪の中にぼんやりと浮かび上がっていた。
ネクタイを緩めながらゆっくりとソファーにに歩み寄る。
「風邪ひいちまうだろ… ベッドで寝てればいいものを…」
見下ろした森田の寝顔はあまりに安らかで、平井は思わず腕を伸ばし、指の背で鼻筋をたどり額にかかる前髪を撫でつけてやる。 きっと朝まで寝ずに平井の帰りを待っていようとしていたに違いない。
今ここで起こしたら自分がぐっすり寝ていたことを酷く恥じて 100回ぐらい「ごめんなさい」と繰り返すのだろう…
その様子を頭の中で再生すると 知らず知らずに頬が緩んだ。
…やっぱり いいかな? お前となら…
ソファーの横に膝をつき無防備に眠る森田の額に唇を落とす。
愛おしいと思った。 どうしてよいのかわからない程この男のことを 可愛いと思っている自分がえらく滑稽だった。 眠っているのをいいことに掌で頬を包み親指の腹で唇をなぞる。
むずがるように少し身じろぎをして 森田はぽっかりと瞼を開けた。
「……」
ねぼけているな と思ったら可笑しくて、平井は喉の奥でクツクツと笑った。
霞のかかった瞳の奥に光が戻ると同時に 弾かれたように森田は上体を起こし平井に向かい合う。
「お… お帰りなさいっ!… あ… …ごめんなさい 寝ちゃってましたっ…!」
すいません すいません とうつむいて繰り返す森田の反応があまりにも想像通りで 笑っているうちに長旅の疲れが少し軽くなった。
風呂わかしますから… と立ち上がりかけた森田の肩に手を置いて座らせる。
首を傾げて それでも素直に腰を下ろした彼は真っ直ぐに平井を見つめていた。
おもむろに平井は話し始めた
「…死んだ男のことなどお前にとってはどうでもいいことだろうが、少し話に付き合え。」
立ち上がり ソファーの肘掛けに腰を半分乗せ足を組む。
「…奴は昔の仕事仲間だった。若い頃だったしな、体張って随分無茶なヤマも渡ったもんだ。
いい奴だった。世話にもなった。 喧嘩も強かった…でも病気には勝てなかった。
俺と3つしか違わないんだ。やり残したことだってまだまだあったはず…」
平井は遠い目をして先を続ける。
「…俺はずっと思ってた。人は結局一人で生きていくしかないんだと。
志半ばにして自分の人生が潰えてしまうとしたら、自分の思いや夢は誰にも託さず
俺一人で彼岸まで持っていく事になるのだと。
馴れ合いや一時の感情に流されて自分の思いを誰かに押しつけるなど思い上がりでしかないし、ましてや 今までさんざ悪行を尽くした俺には まともに向き合って思いを寄せてくれる相手などいるはずもないと…」
森田は平井の真意を掴みきれず、目を大きく見開いたまま平井の顔を見つめる。
目元が上気して見えるのは明かりのせいだけではなかった。
いつも冷静な彼の声が心なしか震えて聞こえる。
視線を合わさずに平井は続けた。
「でも今日奴の最後を見て気が変わった。
自分のわがままを通してでも 無くしたくないものが出来ちまった。
…もしも出来ることならば 望みが叶うものならば …」
熱っぽい瞳が森田を捉える。
「…ずっと俺の隣にいて欲しい …お前に」
突然の告白に森田の頭は真っ白になる。
『銀さん… それって… それって…』
言葉にならない思いがぐるぐる回る。
見つめている平井の目は何故か悲しげで、言葉につまった森田は混乱する頭の中
どうにか自分の思いを伝えようと、平井のスーツの袖に手を伸ばした。
こんなことしても怒られないだろうかと 、ほんのちょっとだけ考えたものの、体の方が先に動いていた。
引き寄せると すんなりと その体は腕の中に落ちた。
「…笑い飛ばしたっていいんだぜ」
目を伏せた平井が口元だけで笑う。
「だって 銀さん… 俺で 俺なんかでいいの? 本当にいいの?」
不安げに森田が囁く。
心は決まっていた。肩口に頭を預け掠れる声で呟いた。
「側にいてくれ。 …お前が …お前でなきゃ ダメなんだ…」
背中にまわった森田の腕に力が入る。
自分より幾分高い体温をシャツ越しに感じながら、全身が溶けていくような感覚に襲われる。
忘れかけていた 幸せ という言葉の意味を思い出した。
「…眠い…」
鼻先を耳元に押しつけて囁くと、森田が微笑む気配を感じた。
「いいですよ… 俺はずっと ここにいますから… 安心して休んでください」
眠りに落ちる一瞬手前。「銀さん…」と柔らかな声で名前を呼ばれた。
「何だ…?」呂律の回らぬ返事を返そうとした唇はみじかな口づけで塞がれる。
「愛しています…」
瞼はもう上がらなかった。
「ああ… わかってる…」
俺が欲しかったものは ここにある…
Date 2006 ・ 07 ・ 25
inspired 『make a wish』 ELLEGARDEN
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一人じゃないんだよ 自分の回りを見てごらん
手を差し伸べ君を助けてくれる人は
すぐ隣にいるんだから…
細美武士さんのメッセージは物凄くストレートで
ライブに行くたびに幸せな気分になります。