make a wish

さして急ぎの用もなく のんびりとした午後。
ソファーでくつろいでいた森田は、手持ちぶさたに雑誌のページを パラパラと捲りながら、ネットトレーディングに没頭している
平井の様子を見るとはなしに眺めていた。

彼と行動を共にするようになってから、株取引の面白みについても 少しはわかってきたように思う。
でも、それにのめり込むには「読み」 より先に「マメさ」が足りないと、森田は自分を評価していた。
『…銀さんは全てにおいてマメだからな…』
ボンヤリ見つめていたら 視線に気付いた平井が眼鏡を外して顔を上げた。

「…どうかしたか?」
「…いえ。 何でもないです。 …っていうか銀さんマメだなって…」
なんだそりゃ と笑いながら、腰を上げた平井はキッチンに姿を消す。

『銀さんってA型かなぁ…』どうでもいいことを考えながら 先程まで平井が見ていたパソコン画面を覗き込む。
頭が痛くなる様な膨大な数字の列とグラフの山…   これを一日中見つめているのは正直しんどい。
俺には向かないなぁ と溜息を付いていたら、二人分のコーヒーを トレイにのせて平井がリビングに戻ってきた。

「株は嫌いか?」
「出来れば遠慮したいです」
差し出されたカップを受け取りながら、森田は少し肩をすくめてみせた。
「知っておいて損はない。が、得手不得手は仕方ないな。  …俺も正直 コイツは苦手だな」
ピンとディスプレイを指で弾いて平井は笑う。
「年寄りにこんな細かい字はコクってもんだ」
「…銀さんは年寄りじゃあないです」
「お前の倍は生きてるぜ」
クツクツと笑う平井は楽しそうで、それを見ていると森田も自然と頬が 緩んでしまう。
「仕事ばかりじゃ 目も悪くなりますよ。
 …そうだ。安田さんが言ってたんだけど、この間新しくできた蕎麦屋 美味かったって。今晩食べに行きません?」
「蕎麦かぁ。 いいねぇ」
「日本酒も揃ってるって」
そいつはいいなぁ と笑顔の平井がタバコに火を付けた時、テーブルの上の携帯が鳴り出した。
タバコをくわえたまま立ち上がった平井が受話器を取る。
「もしもし…」
しばらくの沈黙。眉根を曇らせた表情に いいニュースじゃないな と 森田は視線をそらす。
背中を向けた平井は、何度も肯きながらテーブルの上のメモに走り書きをし、 「じゃぁ後で」と言って 通話を終えた。
森田は声をかけることも出来ず、じっと背中を見ていた。

「…すまん。森田。」
ゆっくりと振り返った平井の暗い目に、森田は状況を読み切れず 首を傾げて次の言葉を待つ。
「蕎麦屋行けねぇ。…知り合いが亡くなった。
 これからちょっと出かけてくるわ」
タバコをもみ消し平井はリビングを後にした。それをを見送った森田は、 ぐるりと部屋を見回した後、おもむろに玄関に向かった。
…俺にできる事って このぐらいしかないしな…



しばらくするとリビングの方から森田を呼ぶ平井の声が聞こえてきた。
『はい』と答えて振り向くと、廊下の向こうから喪服姿の平井が現れた。
黒いスーツにネクタイという出で立ちは普段滅多に見られる物ではなく、 影のある平井の表情と相まって 胸の奥に疼いた熱い物に森田は一瞬息を呑む。      …この状況で 何考えてんだ 俺…
想いを隠して磨き終わった靴を並べ腰を上げると 平井の頬に笑みが上った。
「気が利くじゃねぇか。 ありがとよ」
自分が留守にしている間にしておいて欲しいことを細々と伝えた後 、平井はドアノブに手をかけた。
「いってらっしゃい。 気を付けて」
その声に振り返った平井は 少しだけ微笑んで そして出ていった。

                                     <<続く>>

                          Date 2006 ・ 07 ・ 20