笑顔

仕事の話が一段落つき、平井がコーヒーを入れ直そうと席を立った時、
そういえば… と言って安田が話を切り出した。
昨日 森田を見たよ」
思わず動きを止めてしまった自分が可笑しくて、
平井は口の端で小さく笑う。
「…そうか …元気にしていたか?」
平気を装い口にする。聞きたいような聞きたくないような…
どちらにせよ、まだ自分があの男に対して特別な感情を抱いていることに変わりはなかった。

「いや 俺も遠巻きに見かけただけで 話したわけでもないし…」  
「本当に森田だったのか? 怪しいモンだな」
黙ってしまった平井の様子を察し取り、巽は茶々を入れて重くなった空気を紛らわそうとする。


…もう4年になるか…


時は徐々に痛みと罪の意識を薄めてくれはしたけれど
あの濃密な日々は、針で突くようなほんの些細なきっかけで痺れるようなうずきを伴って胸を射す。

「そうだな。スーツが板について男っぷりが上がってたな。青年実業家って感じか? 
 ただ…
顎をいじりまわしながら、そう言って言いよどんだ安田に向かい 
「ただ…?」とオウム返しに平井は聞き返す。

「なんて言うか… 昔とはちょっと感じが変わってたな。
 肝が据わったっていうか、余裕があるっていうか… う〜ん… いや 違うな… 」
「何だよ。お前の話はわけがわかんねぇぜ」
巽に笑い飛ばされて ムッとしながらも、頭の中に浮かぶもやもやした物の正体を見極めようと
ボリボリと頭を掻く安田の前に、平井は静かに新しいコーヒーを置き なんだかなぁ…と
巽に軽く微笑みかけて自分も腰をおろす。

「…そうだわかった… 昔のあいつはあんな笑い方をしなかったんだ…」
思い出すように天井を見上げ 安田は紫煙を吹き上げる。
「あいつはいつでも子供みたいに笑ってた。 時々困った子犬みたいな顔もしてたけど 
 …なんつうか真っ直ぐな笑顔で 裏がなくて 幸せそうで。
 でも昨日のあいつの笑顔は…」
そう呟いて安田の視線は部屋中を彷徨ったあげく、困ったように 茶化すように
首をかしげ黙って話を聞いていた平井の上に戻ってきた。



「そう なんというか… あんた そっくりだったんだ… まいったことに…」

                                

                             Date 2006 ・ 07 ・ 15            


                            inspired   『笑顔』 中村一義
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