Mezmerize 





 
「貴方と卓を囲みたい という方がいましてね」
 「平井さん…  俺はもう引退した身なんだがな」
 指にはさんだ煙草をくらくらと弄びながら神域の男は喉を鳴らして笑う。
 「ええ あちらにはそう伝えたんですが、どうしても言われまして」
 「…アンタが動くと言うことは 裏で何やらデカい話が進んでるんだろ?」
 「さて 私には他意などございませんが…」
 
 口の端だけをすぅっと持ち上げ平井が笑う。
 喰えない男だ。綺麗な顔と慇懃無礼な言葉に隠したその本心は誰にも見せない。
 勝負の熱を求め思いのままに生きてきた自分とは真逆に、理に聡い事で己の道を
 開いてきた男。
 相容れる部分は無いはずなのに 不思議と人を惹きつけるその物腰が気になった。
 飲み干した猪口にすっと銚子を傾ける その手の白さを見るうちに、悪戯心が湧
 いてくる。

 「…それなりの代償はお支払いいたします。何なりと申し出て頂ければと」
 「ほう… それは本当かな?」
 意地の悪い笑顔で赤木の頬が緩む。
 「ただし 腕一本とかはご勘弁を」
 「おいおい… そりゃ昔の話だろ」
 下手な冗談に赤木はクツクツと楽しそうに笑って杯を空ける。
 「では?」
 小首を傾げこちらを仰ぎ見る蒼墨を流した様な瞳に心が騒いだ。


 「一晩付き合って貰おうか アンタに」

 


 少しの間の後 赤木の意を解した平井は眉を曇らせる。
 「その様なご冗談を… 悪趣味ですよ こんな年寄りに」
 「マジなんだけどな」
 頬杖をついた赤木に間髪を入れずに言い返され、鼻白んだ平井は絶句した。
 「取り引きだろ? 俺はアンタが欲しい。 ダメなのかい?」
 まるで玩具をほしがる子供の様な目で赤木にそう言われ、ほんの一瞬 今部屋で
 自分を待っているだろう男の姿が脳裏に浮かんだ。
 芝居がかった溜め息を一つ吐いて目を上げる。
 「本気ですか?」
 「うん」
 「…しょうがないですね …多分楽しくないと思いますよ」
 笑いながら立ち上がった赤木は上着を肩から落とすと真っ直ぐに平井の隣にやっ
 て来てすとんと腰を下ろした。
 「楽しいかどうかより 俺はもっと違うアンタの顔が見たいんだよ 銀二」
 
 いきなりの口づけに 全く違う生き物だと思っていた男から自分と同じ血の味が
 してきて思わず平井はきつく目を閉じた。

 


 

                             
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「心ここにあらず って風だね」
 露わになった肩先に顎を乗せ 耳元で赤木が囁く。
 「…あの男のこと 考えてるんでしょ?」
 視線を合わせた平井の瞳にほんの一瞬暗い敵意の色が浮かぶのを見て取って、
 楽しそうに赤木が喉をならす。
 「随分と若い恋人じゃない    …森田君 っていったっけ…?」
 「…勝手に …決めつけないでくれませんか  あれはそのようなものでは…」
 胸板を這い上ってきた赤木の指先に、平井の語尾は曖昧にぼやけて消えた。
 「ふーん…可哀想にな…」
 相手の神経を逆なでする様な言葉ばかりを選び赤木は続ける。
 「奴は必死でも アンタにその気は無いってわけかい?」
 黙ってしまった平井の首筋に軽く歯を立てると、肌を粟立たたその背が小さく撥
 ねた。
 素直な反応に目を細めながら 赤木はそのままきつく肌を吸う。
 「止めてくれませんか… 痕が 残る…」
 「…奴に言い訳がたたないからか?」
 「赤木さん…!」
 「部屋でアンタの帰りを待ってるんだろ? こんな姿見たらどうなっちまうかな
  アンタの可愛い番犬は…」
 目をそらした平井は答えない。
 取引条件に差し出した身体だ、この程度の恥辱にならいくらでも耐えられる。
 今までもそうしてきたしこれからもそうするだけのこと。
 しかし平井の理性は今 ただならぬ気配を察知し戸惑っていた。
 「おかしい 何かが違う…」
 それは赤木しげるという男の持つ『毒』のせいかもしれなかった。
 また平井自身があえて自分に蓋をしていた森田の存在を、赤木に看破されたせい
 かもしれなかった。
 今平井の精神を侵しつつあるのは、その辱めによって引き起こされるちりちりと
 した暗い欲望。
 赤木の言葉と愛撫は後頭部を痺れさせ、鈍い痛みを伴った未だ知らぬ快楽へと
 自分を引きずり込もうとしている。
 

 身じろぎして逃げようとする平井の動きを封じる様に 更に強くその身体を抱き
 しめながら、赤木の掌はゆっくりとスラックスの中に沈み込んでいった。

 



                                   Date 2006 ・ 12 ・07

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