merry X'mas
戻ってきた部屋に人の気配はなかった。
テーブルの上には見覚えのあるはっきりとした文字で「出かけてきます」の書き置き。
少々気が抜けて 平井は手に持った紙袋をダイニングテーブルにどさりと下ろす。
「え〜 クリスマス 家にいないんですかぁ〜…」
不服そうに森田が口を尖らせたのは何日か前のこのテーブル。
「何をガキみたいな事言ってんだ お前」 と苦笑いした平井に
「出来るだけ早く帰ってきて下さいね」と念押ししたのは森田の方だったのに…。
(そうか… そうだよな…)首に手を当て 摘み上げたメモをぼんやりと眺める。
クリスマスだもんな… 二十そこらの若い男が家でごろごろしてる方が よっぽどマヌケだ。
重い体を引きずる様にバスルームへ向かう。
丸二日家を空けていた。仮眠もほとんど取れない状態であちこち飛び回り、それでも今日に間に合わせようと
無理して何とか決着を付けてきたのに…。
「なぁ〜んだ。」
呟いた口元が自嘲気味に歪む。
(結構俺はがんばったつもりだったのにな…)
まぁいい とりあえずシャワーを浴びて 少し眠ろう。
後のことはそれから考えても 遅くはないだろう。
寝室に戻った平井はベッドサイドに吊された物を見て首を傾げた。
長く大きな赤い靴下が一つ。
まだ何も中に入れられていないそれは くったりと所在なさげにぶら下がっていて、思わず笑いがこみ上げてきた。
(森田の奴… クリスマスに家を空けた俺への嫌がらせか? 構ってもらえなかった分 何かくれってわけか?
小学生じゃあるまいし…)
暫く戻らないと告げた時の 悲しそうな森田の顔が目に浮かぶと 不思議なことに腹も立たなかった。
むしろ何も用意出来なかった自分の方が悪い様な気がして胸が痛んだ。
(プレゼントねぇ…) 生憎と今は何処にも行く気になれない。睡魔に勝てず横になる。
どうした物かと考える間もなく 暖かな布団に包まれたとたん 意識は飛んでなくなった。
*****************
ケーキの箱を手に帰宅した森田は玄関に置かれた平井の靴を目にすると 小走りにリビングに向かった。
がらんとした部屋の空気は冷たく澄んでいて そこに平井の姿はなかったけれど、微かに残る石鹸と部屋の主の
匂いを感じて口元が緩む。「帰ってきたんだ…」
ケーキをしまおうと開けた冷蔵庫の中はぎっしりとディナー用の食材が入っていて ニヤニヤ笑いが止まらなくなった。
「銀さんったら もう!」
そっと寝室の扉を開け 薄暗い室内に足を踏み入れる。
こちらに背を向け眠っているらしい平井の姿を認め 静かにベッドに近付いた。
(あれ?)ポケットから出した包みを手にしたまま森田は首を傾げる。
用意しておいた靴下が見あたらない。
(落っこちたかな?)キョロキョロあたりを見回してベッドの向こう側まで覗いてみる。
(それとも銀さんが片づけちゃった??)
途方に暮れて立ちつくしていると 背後から柔らかな声がした。
「何してんだ お前…」
ビックリして振り向くと、いつの間に起きたのか平井が枕に片肘をついて悪戯っぽく森田を見上げている。
森田はあわてて手にした包みをポケットに突っ込んだ。
「お…起きてるなら 起きてるって言ってくださいよ… ビックリするじゃないですか!」
「だってお前 何か一生懸命やってっから 声かけたら悪いかな と思ってさ」
クツクツと喉を鳴らして笑う平井を前に 暫く頭を掻いていた森田は しょうがないな という風に話を切り出した。
「銀さんクリスマスに帰ってこれないって言ってたし、俺明日から安っさんに言われて出かけることになっちゃったんで
プレゼント 靴下に入れておこうと思って… ここに赤い靴下 ありませんでした??」
「何だ お前サンタだったのか…」
答える気はないよと言わんばかりにはぐらかされ 肩をすくめた森田はベッドの端に腰を下ろして平井と向き合った。
「ま いいや。帰ってきてくれたんだし。…銀さん はい。 メリークリスマス!」
満面の笑顔で森田は小さな包みを差し出さすと 平井の掌にそっと乗せた。
(そういう事か…)コイツは根っからの善人だということを忘れていた。先程あれこれ勘ぐった自分が恥ずかしい様な
くすぐったいような気分で平井は笑顔を零す。
「…森田 実は俺もお前にプレゼントをやろうと思ってな。 あの靴下貸してもらった」
「え… なぁ〜んだ そうだったの… それならそうと言ってくれれば…」
森田が言い終わるのを待たずに平井はゴロリと寝返りを打ち、大きく布団をはねると森田の鼻先に つま先を伸ばした。
「が、ちょっと中身が大きすぎてな。 全部入りきらなかった…」
森田の顔が見る見る赤く染まっていき、それを見ながら してやったりと喉を反らせて平井が笑う。
ゆらゆらと揺れるつま先に絡まる赤い靴下は 時折誘う様に森田の頬をふわりと撫でては妖しく身を捩った。
「銀さん… これって…」
「何だ いらないのか。 そいつは残念だ…」
離れていこうとした足首をたまらず森田が捕まえる。
「… アンタ 狡いよ …」
両腕にかき抱いたその足に頬を寄せ切なげに森田が呟く。
「…入りきらなかった分も 全部俺のもんだよね…」
「好きにしろ…」
欲に掠れた平井の声に森田の脳は冷たく痺れ、足元から上る熱に突き動かされる様に体を重ねる。
ひらひらと揺らめく赤いつま先は 放っておくとそのまま何処かに飛んでいってしまいそうで、
指を絡め捕らえたそれを愛おしげに見つめていた森田は「耐えられない」というように頭を振ると
歯を立て齧り付く様に唇を這わせた。
( … wish your merry X'mas!)
Date 2006 ・ 12 ・25
*********************************