初雪コート 「…ちょっと出かけてくる…」 部屋から出てきた銀さんは珍しくコート姿で、それだけでなんだかドキドキしてしまった。 ポケットに両手を突っ込んだまま微笑んでいるその姿は、暗に俺を誘っていて、口惜しいけれど まんまとその手に乗せられてしまう。 「…一緒に行っていい?」 「ただの散歩だが?」 「すぐ支度しますから! ちょっと待っててください」 あわてて部屋に戻り、襟元にマフラーを巻き、今年仕立てたばかりのコートに袖を通す。 クローゼットの鏡に映る自分はちょっとだけグレードアップして見えて何とはなしに口元が緩んでしまう。 「そりゃあ全て銀さんの見立てだもん。いいに決まってる…」 リビングに戻った俺の姿を銀さんはちらりと見ただけで何も言わなかったけれど 振り返り際 口角がすっと上がったのが見えた。大丈夫 OKだ。夕方の散歩に出かけるワンコよろしく 俺は銀さんの後を追いかけて玄関に向かった。 「…銀さん… 雪降ってるじゃない…!」 マンションのエントランスを抜けた途端 ふわふわと降りかかる綿のような雪に気付いて、前を歩く 銀さんに声をかける。 「待っててください。傘取って来ますから」 「…傘…?」 訝しげな顔で銀さんが振り向いた。 「…いらねぇよ そんなもん… せっかくの雪じゃねぇか!」 目の奥にゆらゆらと笑いが浮かんでいる。 「…ひょっとして雪が降ってるの知ってて散歩に行くって言ったの?」 「ああ」 「…銀さんたら …子どもみたい…」 溜息を付いて歩き出す。先を行く銀さんは空を見上げクツクツと喉を鳴らして笑っている。 寒さのせいで染まった頬の赤さが気にかかる。 「でも 寒くないですか?」 「そりゃ寒いさ。冬だしな。」 人通りもない12月の夜道をゆっくりと銀さんは進んでいく。街路樹や自分の上に静かに舞い降りる 白い欠片を愛おしげに見やりながら、時折見えない彼方を透かす様に空を仰ぎ見る。 そんな姿を見ていたら、傘も散歩の目的もどうでもいい気がしてきた。 すこしだけ足を速めて彼の横に並び、同じスピードで雪を眺める。 「…そっか… 初雪だったんだ…!」 「今頃気付いたのか?」 「…言ってくれればいいのに…」 口にしてしまってから自分の鈍さに腹が立つ。言葉とか理屈とかではなく、もっと自分の回りのいろんな 事を感じ取れるようにならなきゃ この人と肩を並べて歩くなんておこがましいにも程がある。 「今銀さんはこの雪の向こうに何を見てるんだろ… 俺は今何をしたいんだろ…」 考えてたら頭痛がしてきた。 「どうかしたのか?」 突然黙り込んだ俺に銀さんが優しい声をかけてくれる。 人気がないのをいいことに、コートのポケットに片手を滑り込ませた。 銀さんはちょっと驚いた様に俺の顔を見つめていたけど、視線を前に戻すと、何も言わずに 指を絡めて俺の手を握りしめてくれた。 「俺 頭悪いけど、一生懸命頑張るから。銀さんと一緒に歩いていける様に頑張るから…」 「…そうしてくれるとありがたいな…」 穏やかな声には揶揄も策略も感じられなくて、我慢出来ずに抱き寄せた。 「こらっ…」と小さな声で窘められて でもそれでもやめられなくて …睫毛の上に乗った雪の欠片は 砂糖菓子の味がした。 |