Full Circle
思いの外手間取った仕事にやっとの事で区切りがついた。
「ありがてぇ駆け込みでクリスマスに間に合ったぜ…」
油の浮いた頬を擦りながら安っさんが笑った。
「…どっか飲みにでも行きますか?」 労いのつもりで尋ねた俺は、
「何言ってんだ。クリスマスは家で過ごすもんだよ。」 と真顔で安田さんに返され
『そんなもんですか?』 とよく分からずに首を傾げていたら、横にいた銀さんが笑いながら
相づちをうった。
「そうだな、俺達は少し家でのんびりするべきだな…」
じゃぁ と手を振って背を向けた安田さんを皮切りに みんなそれぞれの帰路と散った。
もちろん俺は銀さんと一緒に。
車に乗ろうとして一瞬目を向けた街はクリスマス一色で、週末に重なったこともあってか道
行く人も思いの外多かった。 こんな日に飲みに出かけるというのは止めて正解だったな と
つらつら考えていると運転席の銀さんが声をかけてきた。
「どうした?少し遊んでいきたいのか?」
とりあえずシートに腰を下ろし 運転席を覗き込むようにして話しかける。
「いえ そうじゃなくて… っていうか、家で飯喰うなら何か買っていきますか?」
思いつきで提案したら
「いや もう二人分でケータリング予約してあるんだ。とはいうもののこれから取りに
いかなきゃならんのだがな」 と笑顔で返された。
政治家相手の予定の見えない仕事の中で、この2週間程まともに家で寝ることもほとんど
なかったというのに 銀さんはいつの間にそんな手配をしてたのだろうと驚くと同時に、二人
でこの日を過ごしたいと考えていてくれた彼の気持ちが滅茶苦茶嬉しかった。
銀さんは俺なんかより何倍も忙しかったはずなのに…
俺はといえば日々自分の仕事をこなすのに手一杯で まわりの人達への気配りなど
する余裕はまったくなかった。本当ならいつも世話になってる安田さんや巽さんや船田さんに
プレゼントの一つも渡したかったのに。
誰よりも 銀さんのために とっておきの何かを準備したかったのに…。
自分の不甲斐なさに落ち込んだ。
「どうした?」
無口になった俺を気遣って銀さんが振り返る。
「銀さん 予約って何頼んだの?」
「ターキーとオードブル。後、昨日煮込んでおいたシチューが家にある。それだけじゃ足りないか?」
「えええ… いつの間に!」
単なる趣味だよ と銀さんは笑って楽しそうにタバコの煙を吹き上げた。
「じゃ… じゃぁ 俺ケーキ買って帰るから。 銀さん先帰っといて」
「 …別に 無理に帰ってこなくてもいいんだぜ。 ゆっくりしてこい… 」
俺の言葉を誤解したのか 少しつまらなそうに銀さんは前を見つめてぼそぼそと言葉を吐いた。
「ち…違いますって! …っていうか銀さん今ちょっとヤキモチ焼いた?
俺が余所で遊んでくるかと思って ちょっとイラってした?」
運転席ごと抱きしめようと腕を回したら さすがにはたき落とされた。
「馬鹿 そんなんじゃねぇよ…!」
恥ずかしそうな銀さんの顔をバックミラー越しに覗いてニヤニヤしていたら
「早く降りろ」と怒られた。
「すぐ帰りますから。俺の食べる分ちゃんと残しておいて下さいよ。」
「俺はお前みたいに意地汚くねぇよ」
「酷いな。俺が悪食みたいに言わないで下さい」
「違うのか?」
「俺の一番の好物は銀さんですが? 何か?」
「…一回死んだ方がいいな お前」
「馬鹿は死んでも治らないそうです」
囁くふりをして耳朶にキスをして 殴られる前に車から滑り降りた。
振り仰いだ空は錆びたアルミの様で いつその裂け目から白いものが零れ落ちてもおかしく
ない程にあたりは冷え切っていた。
**********
たかがケーキと思ったのは大きな間違いだった。
クリスマスの街は思いの外タフで、人混みに押しまくられ行列に並ばされ、小さなブッシュ・ド・
ノエル を手に入れるだけで2時間近くかかってしまった。
『プレゼントは諦めるかな…』ビジョンもないままウインドショッピングに時間を使うより、今は
自分の帰りを待っている彼の元に早く戻りたかった。
それでなくともロゼのシャンパンを手に入れてリカーショップを出る頃には、すっかり暗くなった
空からはひらひらと白い塊が落ち始めていて いやが上にも家へと向かう足取りは早くなった。
電車を降り『もうすぐ着きます』と電話を入れ、大混雑のタクシー乗り場を横目に溜息をつき
ながら、先程よりも降りの強くなった雪の中へ大股に踏み出す。
手袋を忘れたのは失敗だった。悴む手に息を吹きかけ泥濘む足元に苛つきながら『多分車よ
りも早く帰れるさ』と自分を慰めて歩を進める。
急に強く降り出した雪のせいか、それとも夕飯時だからなのか、辺りにには人影もなく、駅前
を離れてしまうと車通りすらも途切れ、自分の足音と呼吸音だけが立ち上っては雪と共に地
面に落ちていく。気持ちすらも冷え切ってしまいそうな中『雪と書いて「音喰い」と読むんだ…』
と教えてくれた銀さんの言葉と笑顔を思い浮かべてちょっとだけ気分が明るくなる。
部屋に戻れば彼がいる。明日はオフだ。
早く帰らなきゃな 帰ったら真っ先にキスだ。2週間分まとめてキスだ。
冷蔵庫にケーキとシャンパンを放り込んだら そのままベッドに直行だ。
文句なんか聞くもんか 鉄拳制裁喰らおうとも譲らないぞ。
霙雪を吸った靴は重く冷たかったけれど気持ちは前のめりで足は今まで以上に前に出た。
緑道を抜け道を渡ると、暖かな明かりが灯る見慣れたマンションが見えてきた。
足早に進んで行くうちに、エントランスの前に人影があるのに気がついた。
「まさか…」と思いつつ、離れていてもそれと分かる白い髪に気持ちは急いて駆けだした。
走り寄る俺の姿を認めた銀さんが、白い息をフワッとはいて微笑むのが見えた。
「な… 何してるんです こんな寒いところで!」
「買い物だよ。 タバコが切れたんだ」
しらっと答えるポーカーフェイスはお手の物で、けれどその髪よりも白く頭に乗った雪の量は
今しがた部屋から出てきたというようなものではなくて
「…うそでしょ。俺のこと待ってたの…?」
「たまたまだよ」
息を切らせて問いかける俺を煙に巻くように銀さんは目を細める。
寒さのせいかその頬にはほんのりと紅が差し、色を失った唇と相俟って非現実的なまでの美
しさに思わず欲が疼いた。
「風邪でもひいたらどうするんです! そんな薄着で 無茶な人なんだから…」
「俺の趣味だ つべこべ言うな」
「…すいません。じゃ銀さんの代わりにタバコ買ってきますからこれ持って部屋で待っててくだ
さい。」
ケーキとシャンパンを持った両手を銀さんの前に伸ばしたとたん 「チッ…」と小さく舌打ちして
銀さんが胸元に滑り込んできた。
「馬鹿野郎… 待ちきれないんだよ!」
あっけにとられている間に襟を掴んで引き寄せられた。唇に氷の冷たさを感じたのはほんの
一瞬で、重ねた唇はすぐにとろけて甘く変わり、絡めた舌に齧り付くような乱暴な口づけに脳
は痺れて理性が飛んだ。
あたりに雪は降り積もり、人の声も車の音も無く、目を閉じてしまえば二人以外に何の存在も
感じられなかった。荷物を持ったままの両腕を緩く腰に巻き付けると、重ねた唇の中で
「ああ…」と彼が掠れる声を上げるのが分かった。
襟を掴んでいた大きな掌は胸を肩を這い回り、最後に冷え切った俺の頬を暖めるように何度
も何度も撫でた後、名残惜しそうににゆっくりと離れていった。
「…俺ね 帰ったら真っ先に銀さんにキスしようと思ってた…」
「 … 」
「でも先越されたからね 二番目にしようと思ってたことは 絶対やるよ」
「…ふっ… どーせ玄関入ったとたんに押し倒すとかだろ?」
「酷いな… でも銀さんがそうして欲しいなら いいよ…」
「馬鹿 年寄りは労れ」
まだ少し肩で息をしながら銀さんは笑って額を俺の頬にぎゅっと押し付けると 猫のような仕草で
身を翻しマンションの中に戻っていった。
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「…で、先に風呂にするのか?メシにするのか?」
部屋に戻りコートを脱いだ銀さんが振り向いて俺に尋ねる。
「だ〜から さっきから言ってるでしょ。まず銀さんだって!」
「だからお前は悪食だ って言ってんだよ…」
俺の目を見つめたまま、にやりと笑った銀さんの背中から するりとシャツが滑って落ちた。
( … wish your merry X'mas!)
Date 2007 ・ 12 ・26
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