「新世紀エヴァンゲリオン」のファンフィクションです。この最終話を脱稿したのは、97年の夏だったかな。実はその当時映画が公開されていたはずなんですが、結局見ませんでした。春頃の映画の評判を聞いてて、何となく見たくないな、と思ったのです。私がそのいわゆる「25・26話」を見たのは、実は今日(2003年6月25日)でした(テヘ
いま、例の「気持ち悪い…」の余韻に浸りながらこれを書いています(笑)。
EOEのまとまった感想はたぶん書かないので、一言だけ。あの「気持ち悪い…」は最高です。あれがあるから、あの冗長な説教映画が引き締まりました。監督が意図していなかった台詞であるとか、みやむーのアドリブだとかという伝説がありますが、本当だとしたら「よくぞ言った」と言いたい。
ところで、話を自作の「錬金術師ゲンドウ」に戻しますが、『「練ゲン」は「キャラだけを借りた小説でエヴァのFFとは言い難い。オリジナルとして発表すべきだ』という批判をよく受けました。作者の私に言わせれば、「錬金術師ゲンドウ」は、紛れもなくファンフィクションであるし、そもそも「新世紀エヴァンゲリオン」というアニメと切り離して考えることができません。この作品の錬金術世界は、「新世紀エヴァンゲリオン」における思わせぶりな神秘主義的モチーフの一つを強調したものだ、と思っています。実際、EOEもモロそうですが、エヴァの背景から錬金術的表象を取ったら何が残るんだ?というくらい、エヴァと錬金術とは密接な関係にあると私には思えます。
ですから、「アニメの世界とは違う異世界で、錬金術師であるゲンドウがホムンクルスを創造し、『レイ』と名前をつける」などという第1話のストーリーなんてのは、発想としてあたりまえすぎて、むしろ手あかにまみれてるんじゃないか、と思ってました。 というか、当時の心境としては、もともとネタ目的のパロディ小説のつもりだったので、定番的なイメージの方がいいかな、なんてことも考えてました。第3話から登場する「魔女アスカ」は、当時ニフティのフォーラムで気に入っていた他人のFF「魔法少女アスカ」のパロディでした。
結末に至るまでの全体像が見えてきたのは、第5話からでした。ああ、そうか、おれはこんなことが書きたいのか、と自分の着想を「発見」したとき、私はたまげました。私は「新世紀エヴァンゲリオン」の設定が持つ意味を再構成しようとしてるんだと思いました。
と同時に、14〜15歳の少年少女は読むものとしてエヴァよりおもしろいものにしたい、と思いました。より意図的にエヴァのパイロットという力の象徴的な意味と、魔法という力を対応させるようにしたつもりです。
執筆中もっとも気を遣ったのは、シンジとアスカの性格を本編から逸脱させないようにしつつ、想定する中高生の読者が共感できるようなキャラクターとして造形しうるかということです。このために、非常におおくの行数を費やしたつもりです。魔力(あるいはエヴァ)という途方もない力に、当惑し、悩み、依存するというシンジとアスカがうまく書けていなければ、この作品の価値はないと思っています。
ちなみに、この長い長い小説はすべてIBMのThinkpad 230Csというノートパソコンで書きました。メーカーの紹介ページはここです。私がニフティで発表したFFの9割は、この黒い弁当箱のようなノートパソコンから生み出されたものです。無骨ですがとにかく頑丈で、外出先でもパコパコ「ゲンドウ」の原稿を打ってたんですが、最終話を脱稿して1週間後ぐらいに液晶の半分が死んでしまいました。まさしく「錬金術師ゲンドウ」の完成とともに倒れた感じでした。そのパソコンは、今でも大事に保管しています。