錬金術師ゲンドウ

 第1話「ゲンドウとその家族」


 碇一家の住まいは、街の高台にある古びた和風の木造2階建である。
 玄関には、桧作りの『公認錬金術師 碇ゲンドウ』という看板がかけられて
いる。50坪の敷地には、小さな菜園があり、そこでゲンドウの妻ユイが、い
ろんな薬草を栽培していた。
 居間は無い。そのかわりに一階のほとんどをゲンドウの実験室兼仕事場兼仮
眠室が占めていた。

 きょうもゲンドウは弟子でもある息子と一緒に、あやしげな実験の準備をし
ていた。
「おい、シンジ」ゲンドウはぞんざいに言う。
「なんだよ」今年14才になるやせっぽちの息子が答える。
「おまえ、薬局に行って、アセトアミノフェン5キロ、マレイン酸クロルフェ
ラミン2キロ、無水カフェイン500グラム、アスコルビン酸ナトリウム30
0グラム、買ってきてくれ。いいか、つけとくんだぞ。月末には払いますって」
「でもとうさん、それ金の材料じゃないけど」
「ばか。『非ピリン系かぜ薬』を作るんだ。そんなこともわからんのか」
「ごめん」シンジは、自転車に乗って出かけていった。
「まったくいくつになっても物覚えの悪い奴だ」ゲンドウは独り言を言う。

「あなた」実験室の隣にある台所から、黒いワンピースを着た妻のユイがやっ
てくる。
「な、なんだい」ゲンドウは猫撫で声になる。
「エアロビ教室の払いがあるのよ。5グラムほど作ってください」彼女は言っ
た。
「先週渡したばかりじゃないか、ユイ」ゲンドウはささやかな抵抗を試みる。
「先週って木曜じゃありませんか。とっくに無くなってしまいましたよ。シン
ジの修学旅行の積み立ての集金があったんです」
「あんなクダランもんいかなきゃいいんだ」ゲンドウは言った。家で水銀でも
混ぜてる方が楽しいに決まってる。
「そんな、楽しみにしてるのに、あの子。それにあなた最近本業よりほかの実
験ばかりで。今月赤字になりそうなんですよ。あーあ、また呪いの仕事を受け
なきゃいけないわ」ユイはわざとらしく言う。

 彼女は魔女だった。いや、むかし魔女だったというべきか。結婚してからし
ばらくやめていたのだが、家計の足しにでもなればと最近簡単な呪いや占いの
仕事をしているのだった。
「結婚したら生活の心配はいらない、なにせおれは『金』を作れるんだからな
あ、なんてくどいたの誰でしたっけ」
 ゲンドウは話題をそらすために、ユイを後ろから軽く抱きしめてささやく。
「いつも苦労かけるね、ハニー。でももうすぐそんな心配はいらなくなるんだ。
この研究が完成したら、ずっと効率のいい『賢者の石』が出来るんだ。そした
ら、おまえ、いっしょにハワイ旅行に行こう」
「・・・そんな夢ばっかり」ユイは言う。ゲンドウはユイの耳に軽く息を吹き
かけながら、さらにささやく。
「ああ、青い空、白い雲!ワイキキの浜辺!そしていつまでも若々しいおまえ
のビキニ姿!・・・素敵だろ?」
「・・・もう。シンジはどうするの?」
「あいつ?あいつは夏休みの宿題があるからな。だめだ」

「それより、あなた。シンジのベッドの下からこんなもの見つけたんですよ」
ユイは一冊の雑誌を取り出す。
「なになに・・・週刊プレイボーイだぁ?・・・あいつこんなものを」
「中には裸の女の子の写真も載ってるんですよ。わたし心配で」
 ゲンドウはまるで化学書を読むようにしかめっ面をして、その雑誌をめくる。
・・・最近の女の子の胸の大きいこと。
「わかったよ、おまえ」ぱたんと本を閉じながらゲンドウは言った。
「わたしがそれとなく意見しよう」
「でも、あなた、思春期の男の子なんですよ。あんまりきつく言わないでくだ
さいね」
「まかせておけ」

「シンジ」父のゲンドウが妙に馴れ馴れしく肩に手をかけてきたとき、シンジ
はいやな予感がした。いままで父がそんな態度で話しかけてきた時はろくなこ
とがなかったからだった。
「な、なんだよ」
「誕生日のプレゼントまだだったな」父は言うのだった。
「いや、今年は『シーモンキー』飼育セット。去年は『催眠学習テープ』、お
ととしは・・・」
「いや、いい。もういい。じゃ、ちょっと早いがお前にクリスマスプレゼント
をやろう」
「な、なんだよ、きゅうに」
「おまえにガールフレンドを作ってやろう」ゲンドウは事もなげに言うのだっ
た。
「・・・『作る』?いま作るって言ったの?」
「そうだ。われら錬金術師の偉大なる神『ヘルメス・トリスメギストス』の名
にかけてホントだ。お前にとびきりかわいい女の子をプレゼントしてやろう」
「・・・・なんか狙ってる?」シンジは疑りぶかそうにゲンドウを見ている。
「狙ってない、狙ってない。広末なんとかちゃんみたいにショートカットの似
合うかわいい子を作ってやろう。どうだ?」ゲンドウは息子から取り上げた週
刊プレイボーイで一番気に入ったタレントの女の子を思い浮かべている。

「とうさん」シンジは疲れたように言う。
「・・・ガールフレンドはいいよ。・・・女の子を作ってくれて、あ・り・が・
と・う」
「いやなんの」
「・・・でもね。体調15センチで、おまけに試験管から外に出られないガー
ルフレンドと、いったいどうしろっての!!!?」
「愛があればどんなことでも克服できるものだ」ゲンドウは胸を張った。

 2、3日もたつと、シンジもその小さな小さな妖精の女の子に愛着がわいて
きた。色が白くて、青白いショートカットの髪。赤いつぶらな瞳。ものはいえ
ないけど(ぶくぶくと泡の音がするだけ)、不思議そうにシンジを見つめる様
子は、なんともいえずかわいかった。
「・・・君の名前を決めなくちゃ・・・。そうだ。『レイ』にしよう」
「『マキコ』にしないか」不意に頭上から声がした。
「うわあっ。いるならいるって言ってよ!とうさん」
「『マキコ』にしないか?」ゲンドウは繰り返す。
「・・・やだよ。もう決めたんだ。『レイ』だ。レイ、こんちにわ」シンジは
大きな試験管に向かって話しかける。
「『マキコ』はいやか?いい名なのに」ゲンドウはしつこい。
「・・・だめだ。レイに決めた」シンジは父を見上げた。
「・・・そうか」そう言うとゲンドウは、シンジの部屋を出ようとして、ドア
のところで振り返った。
「『マキコ』はいい名だぞ」
「レイだ」シンジはぴしゃりと言う。
 いい名前なのに、とつぶやきながらゲンドウは階段を下りていった。

「よろしくね、レイ」シンジは試験管の中の女の子に言った。
 ぶくぶくとレイが答えた。

 こうして碇家の家族が増えた。

つづく