RAIDERS(海兵強襲部隊)
歴代司令官
部隊 |
将校 |
就任 |
第1強襲連隊 | リチャード・B・リヴァセッジ大佐 | 1943/3/15 |
サミュエル・D・プラー中佐 | 1943/12/27 | |
アラン・シャプレー中佐 | 1944/1/26-1944/2/1 | |
第1強襲大隊 | メリット・A・エドソン中佐 | 1942/2/16 |
サミュエル・B・グリフィスII少佐 | 1942/4/1(臨時) | |
メリット・A・エドソン中佐 | 1942/4/14 | |
サミュエル・B・グリフィスII少佐 | 1942/5/5(臨時) | |
メリット・A・エドソン中佐 | 1942/5/10 | |
サミュエル・B・グリフィスII少佐 | 1942/5/14(臨時) | |
メリット・A・エドソン中佐 | 1942/7/4 | |
サミュエル・B・グリフィスII中佐 | 1942/9/20(9/26 負傷) | |
アイラ・J・アーウィン大尉 | 1942/9/27(臨時) | |
サミュエル・B・グリフィスII中佐 | 1943/1/14 | |
ジョージ・W・ハーリング少佐 | 1943/9/9 | |
チャールズ・L・バンクス少佐 | 1943/10/3-1944/2/1 | |
第2強襲大隊 | エヴァンス・F・カールソン中佐 | 1942/2/19 |
アラン・シャプレー中佐 | 1943/3/22 | |
ジョセフ・P・マキャフリー中佐 | 1943/9/1(11/1 戦死) | |
リチャード・T・ウォッシュバーン少佐 | 1943/11/1 | |
バーナード・W・グリーン大尉 | 1944/1/26-1944/1/31 | |
第3強襲大隊 | リチャード・B・リヴァセッジ大佐 | 1942/9/20 |
サミュエル・S・イェートン中佐 | 1943/3/15 | |
フレッド・D・ビーンズ中佐 | 1943/1/16 | |
アイラ・J・アーウィン少佐 | 1944/1/15-1944/1/31 | |
第4強襲大隊 | ジェームズ・ルーズベルト少佐 | 1942/10/23 |
ジェームズ・R・クラーク少佐 | 1943/4/29 | |
マイケル・S・カーリン中佐 | 1943/5/4 | |
ロバート・H・トーマス少佐 | 1943/9/15-1944/2/1 | |
第2強襲連隊(臨時) | アラン・シャプレー中佐 | 1943/9/12-1944/1/26 |
強襲大隊参加人員及び損失
参加人員 (海兵隊及び海軍) |
約6,000名 |
戦死 |
288名 |
負傷後死亡 |
20名 |
行方不明 |
19名 |
負傷 |
732名 |
強襲部隊章
IMAC(I Marine Amphibious Corps)が1943年7月に制定した部隊章は、青地に南十字星を示す一つの白い星、中央に白い縁取りの赤い菱形が配置されたデザインでした。
この赤の菱形部分に所属する部隊を象徴するイメージが刺繍されて、各所属部隊章となりました。
※空挺部隊の場合は落下傘、砲兵なら大砲等
強襲大隊のイメージは、ドクロです。これは第2強襲大隊のカールソン中佐がマキン強襲の際に用いた「骸骨と交差する半月刀(海賊旗のあれ)」を敵を倒した証拠に貼り付ける紙に描かれたものでした。
※糊付きでした。湿気を帯びると糊は貼り付くということが判明したのは上陸してからでした。
結局、湿気で本来の用途に使えなかった紙に描かれたイメージは、ガダルカナルに第2強襲大隊が到着する頃には半月刀は、ガン・ホーナイフと稲妻が交差する図案に変わり、更にドクロだけとなりました。
なお、ドクロが選ばれた理由及び、その時期については定かではありません。しかし、このドクロは、強襲部隊が消えた後も生き残り、現在でも、海兵隊の各偵察大隊の部隊章に生き残り、強襲部隊の伝統を、これらの偵察部隊が引き継いだことを表しています。