愛のバーゲンセール
「あべ、だいすき」
「愛してるよ〜」
気がつけば水谷が傍にいて、一人告白大会をしていた。
たしかさっきまでは阿部はこの部屋に一人きりで、静かに本を読んでいたはずだった。
むろん水谷がいること自体は別におかしなことじゃない。
そして好きだのなんだのと言っているのも。
そういう軽口めいた言葉はもういつものことで、阿部もいちいち反応したりはしない。表面上は。
水谷だってそれはわかっているはずで、いや、だからこそ、ということなのだろうか。
こうやって繰り返し繰り返し伝えようとしてくるのは。
だがなんだこの状況は。
(まさかこれで 『プロポーズ』 だとかいうんじゃないだろうな)
普段から読めそうで読めない水谷の言動を思って少しばかり身構えてしまう。
「阿部は俺のこと好き?」
「ずっと一緒にいようね」
「俺の為に毎朝味噌汁を作ってください」
しばらくの間水谷の愛の告白という名の台詞の数々を聞き流していた阿部だったが、さすがに最後のはそのままに出来なかったらしい。
読んでいた本からちらりと目を上げ、端的に問うてくる。
「なんなんだ、最後のは」
「知らないの? 昔のプロポーズの言葉だよ」
阿部からの反応が帰ってきたことが余程嬉しかったのだろう。
にっこり笑顔つきで言われた言葉に、阿部は内心ため息をついた。
「お前よくそんなこと知ってんな」
「えへへー」
阿部の、心のこもっていない褒め言葉にも水谷は嬉しそうだ。
普段どれだけ邪険にされているかがうかがえる。もっとも水谷自身がどう思っているかはまた別の話だが。
それでも、もしも水谷が犬だったら勢い良く振られる尻尾が見えているだろうほどには嬉しげに見える。
「それが勉強に活かされればいいのにな」
「あう」
けれどもそれも、おまけとばかりにかけられた阿部の言葉で現実に引き戻されてしまう。
そして水谷はそのまま席を立つ阿部をうっかり見送りかけてしまい。
「ってそれだけ? 返事は!?」
とっさに掛けた声も阿部が出て行ったドアに阻まれることになる。
後には一人残された水谷の悲しげな声が室内に響くばかりだった。
初出
2009.07.26