その心に触れさせて

「ねえ阿部。23日、暇?」

昼食後の穏やかな時間。
夏とは比べものにならないくらい柔らかな日差しが大きく開けた窓から入り込んでいる。
程よく晴れて風もない今日は、この時期にしてはかなり暖かいと言える。
特に窓側の席に陣取っている水谷と阿部にはそれが惜しげもなく与えられているのだ。
満腹になって本当ならこのまま昼寝をしてしまいたいところだけれど、これだけは聞いておかなくちゃ。
そんな思いでうつ伏せたまま視線だけをあげ、水谷はたずねた。

「23日?」
「うん。」

阿部が読みかけの雑誌から目を上げてこちらを見た。
ばちりと、音がしそうなほどしっかりと目が合った。
その視線を捉えたまま、水谷は短く返す。

「練習があるだろ。」

しかし阿部は視線をそらす。
却下されたわけじゃない。
だいたいいつも、目が合うと阿部は一拍後には視線をそらすのだ。
最初は無視されているようにも思えて凹んだりもしたものだが、どうやらそれが阿部なりの距離感の取り方なのだろうと思う。
なぜなら会話は続けてくれるのだから。
阿部の性格なら、本当に嫌なら徹底無視か、怒鳴られるかのどちらかだろう。
だから水谷はそんなとき、ただじっと見つめることにしている。
普段の口調では伝わらないことも、見つめていれば伝わったりするんじゃないかと思うのだ。
昔の人はよく言ったものだ。
目は口ほどに物を言う、って。

「うん、でも午後には終わるじゃん?だからそれから。」
「別に、暇だけど。」
「じゃあさ、俺に付き合ってよ。買物したいんだー。」
「なんで俺が。」

阿部の答を聞いて嬉しくなった。
暇って言ってくれたってことは一緒に居てくれる可能性が高いのだ。
そういうところ、阿部は容赦がない。
予定があればあっさり却下されてしまう。
だからその嬉しさを隠すこともなく水谷は言った。
情け容赦のない返答が返ってきたりしたけれど、それで嬉しさが減ることはない。
阿部のこれは条件反射に等しい。
曰く、水谷の言葉には反論を返せ。
その証拠に言葉に強さがない。
声にならないところに、行ったっていいけど、って言葉が隠されているのだ。
そこで水谷は最後の一押しをする。

「えー、いいじゃん。お昼奢るからさー。」
「…どこに行くんだ?」
「わ!ありがとー、阿部。」

こう言えば、大抵阿部はうなずいてくれる。
別に本当に奢りでつろうなんて思っているわけじゃない。
そういう逃げ道を用意してあげれば、阿部も素直になってくれると経験で知っているのだ。
お礼の言葉に続けて用意していた計画を話す。
雑誌に向けたままの阿部の横顔をながめながら、時々こちらをうかがう視線を感じながら。

(でも、これだって立派なデートだもんね。)

自分と同じくらい阿部も楽しみにしていれくれればいいのだけど。
それだけはどうしても祈ることしか出来なくて、せめても笑顔でいようと思うのだった。
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初出

2008.12.23