ささやかな 穏やかな

カラリと軽い音を立てて扉が開いた。
入って来たのは主将の花井一人。
ご丁寧にも「ミーティングを始めるぞ。」との言葉付きだ。



「監督は?」

「バイトが長引いて遅れてるらしい。先に初めてろって伝言があったそうだ。」



今日は週1度のミーティングの日。
施設も部員数も大したことのない西浦だが、その分内容と練習量でカバーしている。
けれど、だからといって毎日身体を酷使していては身に付くどころか反ってミスを増やすだけだろう。
そういう意味合いと、またしっかりと理解して練習するのも必要であることから、ミーティングも定期的に組み込まれているのだった。
練習試合のビデオを見るときは視聴覚室。
戦略を組む時には一般教室。
その時の内容によって場所は決められていた。
本日の内容は『春休みの練習について』。
先日卒業生を送り出した時節柄、どの部も幹部交代が見られるのだが、1年生だけで構成されている野球部にはそんな新鮮な雰囲気など望むべくも無い。



「じゃあさっそく始めるけど…。」



春休み中の予定の書かれたプリントを配ろうとした花井が言葉を止めた。
一点を凝視しているその顔は、少し困惑気味だ。



「どうした?」

「…なんであいつ泣いてんの?」



あいつ、と示された方を皆が向く。
そこには予想通りと言おうか三橋が居た。
大泣きするでもなく、しゃくりあげるでもなく。
ただ静かに涙を流している三橋の姿に、その場にいた全員がざわめきだす。



「えっ、なんで三橋泣いてんの!?」

「さっきまで一緒にいたけど別に泣くような話題は…。」

「どうした、みはしー。泣き止めよー。」



出会った頃ならまだしも、そろそろ1年になろうかという付き合いだ。
回りもそれぞれ三橋への対応を覚え、不必要に騒がしくなることはない。

(…話題、さっきの話題、は。)

栄口は花井が来る直前まで話していた内容を思い返していた。



「…もしかして。」

「何かあったのか?」

「いや、何かってほどのことじゃないんだけど。さっきは卒業式のことを話してたんだよね。」

「卒業式?」

「そ。うちは3年生いないじゃない?でも4月になって新入生が入ってきたらまた違うのかなーとか、そしたら3年なんてあっという間かもね、なんてことを、ね。」

「それがどうしたんだ?」

「だから、その卒業して『バラバラになっちゃう』ってあたりがひっかかったのかなぁ、なんて。」



ちらりと三橋の方を向いてみれば、栄口の言葉に呼応するかのように涙の量が増えていた。

(ああ、もう!)

少しはしっかりしたかのようだった三橋の相変わらずっぷりに、花井は思わず頭を抱えたくなる。



「とにかく!俺らの卒業なんてまだ2年も先の話だ。そんなことより春休みの日程、確認するぞ。」



遅れている監督ももうすぐ来る頃だろう。
花井は意識を切り替えようと、手元のプリントを配り始めるのだった。
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初出

2007.03.27