お菓子か悪戯か、それが問題だ

「よぉ、タカヤ。早かったな。」

「モトキさんこそ。」



俺が待ち合わせ場所に着いてみると、すでにモトキさんは待っていた。
呼び出した本人が先に来ているのは当たり前かもしれない。
でも相手はモトキさんだ。
呼びつけておいて遅刻するなんて全然不思議じゃない。
それとも。
まさかとは思うがここで電話をかけてきたのだろうか。
あのモトキさんが?
1時間もここで待ちぼうけ?
ありえない。



「………それでいったい。」

「なぁタカヤ。」



何の用ですか。と続くはずだった台詞はモトキさんの呼びかけに遮られた。
俺は真顔で見返してくる相手を見ながら先を促す。



「なんですか。」

「あー、まぁなんだ。Trick or treat?」

「はい?」

「なんだよ、知らねぇのか。ハロウィンだよ。」

「ああ、そういえば。今日は10月31日でしたね。」

「そういうこと。」



俺が納得したように頷けばモトキさんは満面の笑みを浮かべた。
なんだってんだ、いったい。ハロウィンがどうしたって?
今日がハロウィンだということは納得したが、それが俺とどんな関係があるのかわからず黙っていると、再びモトキさんが決まり文句を口にした。



「だから。Trick or treat!だって言ってんだろ。」



『Trick or treat』 ってそれはハロウィンの決まり文句で。
訳すると『お菓子をくれないといたずらするぞ』って意味で。
ってことはなにか。
モトキさんの標的が俺ってことか!?



「何考えてんですか、あんたは。あれは子供が大人に菓子をねだるときに言う台詞ですよ!?」

「いいじゃん、別に。細けーこと気にすんなよ。」

「細かいって…。だいたいモトキさん、スナック菓子とか食わないじゃないですか。」

「いいからいいから。ほら、タカヤ。どうする?」



モトキさんはすごくにこやかな、というよりも段々人の悪い笑みを浮かべるようになっていた。
ったく、俺がどうするか興味津々って顔してやがる。
しばしその場に沈黙が下りる。
俺が黙って考えてる間、珍しくも急かさずモトキさんはただ笑って待っていた。



「…わかりました。」



ため息混じりに声を出す。
どうしたってこの人に逆らうなんて出来やしないんだ。
モトキさんがハロウィンをやりたいというなら、付き合うしかない。



「どうする、タカヤ?」

「イタズラされるのは嫌なので。モトキさん、ちょっと目をつぶっていてもらえますか?」



俺がそう言うと、首を傾げながらもモトキさんは素直に従ってくれた。
普段からこうだと楽なのに。
そう思いながら俺は静かにカバンを漁った。
たしか、今日は持っていたはず。
大した時間もかからず目的の物を見つけると、俺はモトキさんに向き直った。



「はい、モトキさん。」



ゆっくりと目を開けていくモトキさんの前に差し出したもの、それは。



「おい、なんだよ、コレ。」

「はい、これあげますからイタズラとかナシですからね。」

「だってお前、コレ。」

「かたいものは顎にもいいんですよ。ちゃんと食べてくださいね、その煎餅。」



その時のモトキさんの顔ったらなかった。
当てが外れたような、なんで煎餅なんか持ってるのかという疑問の混ざったような。
そんな一言では表せないような表情をしていた。
俺は隠れて笑みを浮かべる。
いつもやられてばっかりだと思うなよ。
けれどせめて、来る途中で気が付いて、コンビニに寄ってきたのは言わないでおこうと俺は思う。




















「それはそうと、モトキさん。」

「なんだよ。」

「Trick or treat!」

「へ?」

「だから、Trick or treat!ですよ。モトキさんだけなんてずるいですよ。」

「うそ!?」

「嘘じゃないです。さては自分のことしか考えてなかったですね。」

「いや、だからさ。」

「さあモトキさん、選んでくださいね。お菓子ですか、イタズラですか?」





さて、勝負の行方は、如何に。
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初出

2006.10.15