言うだけならば簡単で
おもむろに榛名が口を開いた。
どんな言葉が飛び出すことやら、阿部は固唾を呑んで待っている。
「愛してるぜ。」
そして聞こえた台詞に、軽く目を見開き驚きを隠せない。
それはそうだ。どんな言葉が出てくるにしろ、第一声としてまずありえないと思われる類の言葉だ。
いわゆる『想定の範囲外』ってヤツだろう。
「…意味わかんねーよ。なんでそんなこというんだよ。」
「嘘じゃねえよ。俺を信じろってんだ。」
歯切れの悪い阿部の返答など構いもせず、榛名の口はすらすらと言葉を紡ぐ。
「…偉そうに言ったって、あんたを信じてよかったことなんてないんだよ。」
「お前、ほんっとに可愛げねーよな。少しは年上を敬えっての。」
「勝手に言ってろ。少しでも年上らしいことしたことある気でいるのかよ。だいたい俺、あんたのこと別に好きじゃないですから!」
「キライキライもスキのうち、ってか?」
強気な言葉で阿部がしてやったりと心の中でほくそえんだその時。
間髪いれず返ってきた榛名の言葉。
それを言ったときの榛名の声とニヤリと笑んだ表情。
脳内でそれらが再現されるより早く、阿部は叫んでいた。
ある意味、ぶち切れたといえるだろう。
「ばっ…!なにあんたバカなこと言ってんだ!どこをどう取ったらそんな自分勝手な考えっ…。」
「ブブーっ。はい、タカヤの負けー。」
ハッと気付くと、目の前で榛名が上機嫌で笑っている。
それを認識してから漸く今の問答がゲームだったことを思い出す。
「あ…。」
ザーっと血の気の引く音を、阿部は確かに聞いたと思った。
このゲームの趣旨はたしか…。
「さーて、何をしてもらおっかなー。」
満面の笑顔というにはやけに人の悪い笑い方で思案している榛名から少しでも距離を取ろうとする阿部は、肉食獣に捕らえられた小動物の気持ちってこんなんだろうかと、埒もないことを考えていた。
初出
2006.07.02