スマイリー

タカヤとはいつも喧嘩ばかり。
あいつは生意気だから年上の俺にだって堂々と文句を言ってくる。
…そりゃあいつの言うことももっともなんだけどさ。
だからってタレ目を精一杯つりあげて、殆ど睨むようにしてこっちを見てる。
もしかしたら俺タカヤの怒った顔しか見てないんじゃねえの?
初対面のときだって…。
まあ俺もキレんの早いからな。言い合いになったら止まんねえし。
今だって目の前のあいつは説教の垂れ流し中。
勿論見慣れた怒り顔でだ。



「…キさん。モトキさん!」



おっといけね。



「モトキさん、聞いてますか?あんた、自分のことなのにそんなんでどうするんです!」



って言われてもなあ。なんの話だっけ?



「もういーです。俺は知りませんからね!」



ってあーあ、あいつ行っちまいやがんの。
いいじゃんかよ、ちょっとくらい考え事してたって。
お前のことなんだぜ?
で、どうしてお前は俺を怒ったその直後にチームメイトと笑って話が出来るんだよ。

………俺にはあんな顔、見せやしないくせに。




















そこまで思ってモトキは、改めてタカヤの顔を思い浮かべた。

怒った顔のタカヤ。(コレはしょっちゅう。)
真剣な顔のタカヤ。(俺の球を捕るときは大抵コレ。)
泣きそうなタカヤ。(球が捕れなかったとき。悔しさとぶつかった痛みと。)

じゃあ笑った顔は?

見てないはずはない。もう何度もバッテリーを組んで試合に勝ったこともある。
いろんなシーンを思い返してみたモトキは、だがどうやってもタカヤの笑顔を思い出すことが出来なかった。

(んなバカなことあるかってんだ。)

モトキは座っていたベンチから立ち上がると、少し離れた場所にいるタカヤのところへ行った。
その歩みは心持ちゆっくり。
だが表情をみれば複雑な心中もわかろうというものだ。
モトキの進む正面にいた少年が近づくモトキに気付くと、こちらに背を向けているタカヤを慌てた様子で小突いている。
顔色が悪いようなのは気のせいだろうか。
頭の隅でそんなことを考えつつ、目はタカヤだけを見つめている。
すると後ろを指されて振り向いたタカヤと目が合った。
タレ目のわりに大きな目がきょとんとこちらを見ている。
あと一歩の距離で立ち止まったモトキはしばらくの無言の後、タカヤの腕を取って歩き出す。



「ちょ、ちょっとモトキさんっ?」



急に引っ張られて態勢を崩しかけたタカヤの非難の言葉も気に留めず、モトキが向かった先は水飲み場だった。
いつもなら混んでいるこの場所も、今はたった二人だけ。



「いったい何なんですか。」



先に口を開いたのはタカヤのほう。
歩き出してみれば思ったよりゆっくりなペースだったのに、目的地と思われるこの場所まで大人しくついてくることにしたのだ。
長くもない付き合いではあるが、ああいう時のモトキが素直に答えてくれるはずもないことはわかっている。



「…おまえ、さあ。」



だが、そう言ったきりモトキは続きを言わない。
ただじっとこちらを見ているばかり。
ここへ来る際掴まれた腕も、いまだモトキの手の中だ。



「モトキさん?用がないんなら手を放してくれませんか。俺話の途中だったんですよ。」

「い・や・だ。」

「は?」

「絶対にやだね。いいからお前はここで笑ってろ。」

「あ、あんた何バカなこと言ってんだ!理由もなく笑えるわけないでしょうが!?」

「うるせー!少しは先輩の言うこと聞けってんだ。このドチビが!」

「普段から全然先輩らしいことしないのに敬えるかって言うんですよ!心を入れ替えて真面目にやるってなら考えてもいいですけどね。」



そこでお互い黙り込む。
既にモトキも元々の目的を忘れているようだ。
黙って見詰め合っているといえば聞こえはいいが、傍から見ればただにらみ合っているようにしか見えない。
ただしモトキの手はタカヤの腕を掴んだまま。





練習再開を告げる為探しにきたチームメイトは、推測不可能な状況の二人を見て掛ける言葉が見つからずしばらくそこに立ちつくしていた。
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初出

2006.05.07