いつか笑顔の花開く

「やっぱり行くのか。」



小さく呟く。
中学を卒業した春休みの現在。
昼前のこの時間、駅のホームにもそれなりに人がいる。
でも、だからといって隣にいる三橋には十分に聞こえる声だった。



「叶、くん。」



問われた三橋はオロオロと。
その見慣れた挙動不審ぶりを苦笑しつつ見ながら叶は思う。

困らせたいわけじゃないんだけどな。

小さい頃から長期の休みになると従姉妹の家に遊びに来ていた三橋と、いつの頃からか仲良くなって。
中学からは同じ学校に通えると聞いて、すごく楽しみにその日を待っていた。
同じ部活に入って。
同じポジションになって。
相談したり励ましあったりしながら楽しく過ごせると思っていたのに。
ここは三橋にとって過ごしやすい場所ではなかったのだ。
少しでも楽にいられる場所、三橋を攻撃するヤツのいない学校へ進むのはいいことだと叶でも分かる。
それでも。
寂しさは拭えない。

一緒に甲子園を目指せると思っていたから。



「悪い。こうして見送りに来てて、今更言っても仕方ないことはわかってるんだけどな。」



苦笑したまま手の中のカバンを持ち上げてやる。
叶の手には小振りな旅行カバンがあった。
ほとんどの荷物は送ってしまった三橋の、最後の荷物だ。



「かの…。」

「廉。」



三橋の言葉をさえぎるように名前を呼ぶ。
その、大きくはないが強い声に、三橋の体が揺らぐ。



「野球は続けろよ。」

「…え?」

「ま、お前は投げるの止められないとは思うけどさ。」

「あ…。」



にやりと笑いながら言ってやる。
そこへ電車が音を立ててホームに入ってきた。
にわかにざわめき出したホームで、叶は持っていたカバンを三橋に渡す。



「ありが、と。」

「遊びに来いよ。群馬と埼玉なんて近いんだからさ。俺も部活のない時にそっち行くから。」

「…。」



三橋は声もなく受け取ったカバンを抱え込む。
そして鳴り響く発車のベルに急かされるように列車に乗り込んだ。



「絶対だからな!」



その背中へ叶の声が掛かる。
振り向いた三橋の目に映るのは、閉まるドアとその向こうの叶の笑顔。




















「あーあ、行っちまった。」



列車が見えなくなっても叶はホームに残っていた。
しばらくは寂しさがつきまとうだろうが仕方ない。
三橋の為だと思えば我慢も出来る。
最近は見ることのない笑顔を、小さい頃のような全開の笑顔をまた見せてくれるようになるならば。





それだけを、願って。
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初出

2006.02.18