Happy New Year!

冬休みに入った最初の日。
三橋は母親から未使用のハガキを渡された。



「お世話になってるんだから年賀状ちゃんと出すのよ。」



両手で受け取った三橋はたいした重さもないというのに身動きが取れないでいる。
足りなかったらいいなさいと告げると、母親は部屋から出て行った。



しばらく手の中のハガキを見ていた三橋は、それを机の上に置くとくしゃりと顔を歪めた。



「どうしよう…。」



年賀状の書き方くらいわかっている。
皆の住所だって連絡網に書いてある。
だけど。
三橋は年賀状を出したことはないのだ。
勿論皆無というわけではない。
叶やルリなど、お正月は実家に帰ってきていることもあって毎年出しているし。
5月の誕生日以来、西浦野球部の面々を気に入っている母親にはごく当たり前に思いつくことなのだろうが、それでも三橋は年賀状を書くことに抵抗があるのだ。
いや、違う。
抵抗ではない。
怖いのだ。
今年の春初めて会い、一緒に夏を乗り越えてきた西浦野球部のみんな。
自分が受け入れられていることくらい、今では三橋にだってちゃんと分かっている。
けれども何かの拍子に嫌われてしまうかもしれないという強迫観念は、強く三橋の中に残ってしまっていた。



「でも、大丈夫、だよね。」



みんなの顔を一人一人思い浮かべながら自分に言い聞かせる。
年賀状が届いたからといって気を悪くするようなメンバーがいるわけがない。
それに。



「もしかしたら年賀状くれるかもしれないし。」



人のいい栄口やまじめな花井など、もしかしたら既に投函しているかもしれない。
マネジの篠岡はくれそうな気がする。
水谷あたりだとメールだろうか。
それから、それから。



「うん、書こう。」



机に向かうとペンを取り、早速一枚目を書き始めた。




















「廉ー。年賀状が来たわよー。」



自分を呼ぶ母親の声に、三橋はコタツを飛び出した。
元旦の朝。
といっても今は殆ど昼に近い。
昨夜は大晦日ということもあって夜更かしをし、そのせいで今朝はゆっくりと起きだした。
朝食もさきほど食べ終わったばかりだ。
三が日の間は部活も休みなので、することのない三橋はかかっていたテレビを見るともなしに見ていたところだった。



「お、おかーさん、年賀状っ…。」

「今分けてるからちょっと待ちなさい。」



家の中を駆けてきた三橋も意に介さず、母親は年賀状の仕分けに夢中になっている。
仕方なしに椅子に座って待っていた三橋だったが、仕分けは一向に終わらない。

「あら、この方引越ししたのね。」
「あら?こちらは…。」
「まあまあ。とうとうお子さんが…!」

といった風に自分あての年賀状を読んでいるからだ。
仕事をしている母親の年賀状の数は多い。
一々読んでいられては分け終わるまでにどれだけ時間がかかるかしれない。



「おかーさん、早くっ…!」

「っ、はいはい。えーと…。」



三橋の催促によってそれ以降の仕分けはスピーディに終わった。
両親の前にはそれぞれ年賀状の山がある。
だが、自分の前にもそれなりの束になった年賀状があった。
ドキドキしながら一番上のハガキを手に取る。
クルリと裏返すと几帳面そうな字が並んでいた。



「あら、花井くんってキャプテンの花井くん?」



突然母親が横からのぞきこんできた。
途端に気恥ずかしくなった三橋は咄嗟にハガキを隠す。



「み、見ないでよっ。」



そういうと自分宛の年賀状を手に取り自室へ向かって駆けていった。




















部屋のドアを閉めると、定位置であるベッドへと向かう。
そして年賀状を広げると、一枚一枚確認していった。



「花井くん。篠岡さん。やっぱりくれた。泉くん。水谷くん。…字、間違えたんだ、ここ。あ、叶くんだ。それから…。」



次の一枚に手を伸ばした瞬間、横に置いてあった携帯がメールの着信を告げた。



「っ…。」



思わず身を竦めた後で誰だろうと考える。
こんな時間に、一体。



「阿部くん、だ…!」



送信者の名前と件名を見て理解する。
これは、このメールは。










送信者:阿部隆也
件名:Happy New Year!

三橋、明けましておめでとう。
去年はいろいろ世話になったな。
お前の9分割のコントロールは本当にすごいと思うよ。
今年もエースとしてよろしく頼む。

阿部










「阿部、くんっ…!」



年賀状を分けているときから気になっていたのだ。
大量の両親宛の年賀状に混ざっている自分宛の年賀状。
その中に阿部からのものがなかったのだ。
勿論、三橋以外にも書かなかったのかもしれないし、ハガキという形にこだわるわけでもない。
それでも。
お前なんか知らないよと言われている気分になってしまって仕方なかったのだ。



「阿部くんからだっ。」



思わず声を上げた直後、またもや携帯が音を立てた。
今度は普通の着信。
慌てて三橋はボタンを押す。



「は、はいっ。」

「もしもし。阿部だけど。」

「阿部くんっ。」

「今、平気か?」

「うん、だいじょぶ。」

「年賀状ありがとな。メールでいいやと思って、俺書いてないんだ。ゴメン。」

「ううん、メールありがと。俺、頑張るから。今年も俺の球捕ってね。」

「おう、任せとけ。あ、それからさ。明日とかってお前ヒマ?」

「うん?」

「良かったら一緒に初詣に行かないか?」

「行く…!行くよ!」

「じゃあ昼に駅で。ちゃんと暖かい格好して来いよ。」



そういうと阿部は電話を切った。
三橋は手の中の携帯と布団の上の年賀状を交互に見やる。
そして思うのだ。





この仲間達と、今年も野球が出来ますように、と。
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初出

2006.01.22