それは遠い日の…

「なータカヤー。」



突然モトキさんが俺を呼んだ。
今までに聞いたこともないような優しい声で、だ。
もの凄い違和感に襲われつつ、とりあえず返事だけはしておくことにする。
なぜって一度機嫌を損ねると後が長いんだ、この人は。
しかもどんなことで怒るのか未だによくわからないから困ったモンだ。










今はシニアの練習が終わって着替えているところ。
だが部屋の中には俺とモトキさんしかいない。
オーバーワークを絶対にしないモトキさんが、珍しく俺の捕球練習につきあってくれたからだ。
とはいってもホンの20球。軽く投げただけ。
しかも今日の投球練習は少なめだったんだからトータルでオーバーしたはずはない。

そういうところ、モトキさんはきっちりしてるから。

でもその間に他のメンバーは着替えを終え帰ってしまった。
こうして戸締りをすることになってしまったのは良かったのか悪かったのか。



「おい聞いてんのか?」



っといけない。返事するの忘れてた。
俺は慌てて答える。



「なんですか。」

「…お前さあ、相変わらずちっちぇよなぁ。」



何を言うかと思えば気にしてることを言われて瞬間的に頭に血が上る。
本当にこの人は人の気持ちを逆なでする天才だ。
ここで怒ったら終わりなんだ。言い合いになってしまって話にならない。
漸くモトキさんとの付き合い方に慣れてきた俺は、一つ息を吸って気を紛らわせる。



「…そんなこと言うために声かけたんですか。」



言いながら着替える手を止めて振り返る。
と、こちらを見ているモトキさんと目があった。

う、わ。なんでこっち見てんすか。
しかもそんな、マウンドでしか見せないような目で。

思わず視線をそらした先に、無造作にユニフォームの詰め込まれたモトキさんのスポーツバッグが見えた。



「んー、そういうわけじゃないんだけどさぁ。」

「じゃあなんなんです。」

「なータカヤ、お前サンタに何を貰うんだ?」

「人のこといくつだと思ってるんですか。いまどき小学生でもサンタなんかいないって知ってますよ。」

「だってお前ちっちぇーんだもん。」



モートーキーさーん。
俺が下からじっと睨むとモトキさんは慌てて付け足した。



「だったらお前の欲しいのって何? 勿論サンタとか関係なくて、欲しい物とか願い事とか。」



俺はしばらく考えこむ。



「じゃあコントロール!」

「へ?」

「モトキさんのノーコンが直れば俺すごく助かりますもん。」

「てめ!」



咄嗟に俺は頭を抱え込んだ。
しまったと思ったんだ。

調子に乗りすぎた。絶対殴られる!

だけどモトキさんの鉄拳は飛んで来なかった。
振り上げた右腕を、モトキさんはそのまま下ろしたんだ。
そして恐る恐る顔をあげた俺に、さらに思いもよらないことを告げる。



「腹減ったなあ。なんか食ってくか。」

「…俺金ないです。」

「いいよ、おごってやるし。」



俺は衝撃に言葉もなかった。
あのモトキさんが、おごってやる、だなんて。

なんなんだいったい。何か悪いもんでも食ったんだろうか、この人は。



「ほら行くぞ。」



すでに着替え終わってるモトキさんはかばんを手に立ち上がった。
俺は大急ぎで上着を羽織る。
そして入口でせかしているモトキさんのところまでかけていった。















それが誕生日プレゼントだったということを、俺は帰宅してから気付いた。
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初出

2005.12.30