Trick or treat!

その日、授業でその話題が出たのはホンの偶然。
教師にとってもたまたま当日に授業があったから話しただけの、息抜きの話題に過ぎなかっただろう。
だが泉にとってはとても心穏やかでいられる状況ではなかった。
野球部の天然コンビ。
その片割れが目をキラキラと輝かせているのを見てしまっては。
これから起こるであろう騒ぎを思い、教科書の陰でそっとため息を吐くのだった。




















「なあなあ。これ食ったらみんなの教室行ってみようぜ!」



案の定、田島が言い出した。
現在時刻は12時20分。
まだ昼休みは始まったばかりだ。



「な、なんで?」

「どーしたんだよ、いきなり。」



きょとんとした顔で三橋がたずねる。
浜田も、わけがわからない、といった顔だ。
泉は無言で昼飯を口に運んだ。
心の中だけで言葉を返す。

こんな分かりきったこと、きく必要ねえじゃんか。
三橋は仕方ないにしても、いい加減慣れろよ、浜田。
オレ一人で三人の面倒なんて見きれねーよ。



「だって今日はハロウィンなんだろ?」

「そうだけど。」

「だからさ、さっき言ってたトリッ…、トリー…?あれ?」

「“Trick or treat”?」

「そう、それ!やってみようぜ。」



ああ、やっぱり。

泉の予想は見事的中。
だからといって全然嬉しくはなかったのだけど。



「昼休みにか?」

「おう。部活の後だとみんな疲れてっしなー。」

「で、でも、さ。」

「?どーした、三橋。」

「た、しか。オバケの格好、するんじゃ…?」

「おお!」



そーなんだよ。
事前の準備がいるものなんだよ。
つーか、普段寝てばっかの田島がなんでこんな時だけ授業聞いてんだよ。

改めてため息が出そうになり、慌てて飯をかきこむ。
それにしても、と泉は思う。

どうしてこいつらこう馬鹿なんだろ。
どう聞いてても高校生の会話じゃないだろ。
特に浜田!
年上なら年上らしく振舞ってみろってんだ。



「そういやそんなことも言ってたっけ。」

「どうすんだ?」

「ん…。さすがに、ムリ、かな。でも、ま、いいじゃん。そんなのなくても!」

「仮装しなかったらダメってこともないだろうしなぁ。」



さっきから三橋はキョロキョロと二人を見ているばかり。
それはまるで飼い主の指示を待つ子犬のよう
泉は、食べ終わった弁当箱を片付けるとおもむろに口を開いた。



「あのさぁ…。」

「んじゃ、けってーい!さっさと食っちまおうぜ。」



言うなり、田島は口にパンを詰め込み始めた。
もの凄い勢いで食べ進んでいく。
浜田もやけに乗り気なようだ。
三橋は、と見れば、すでに片付け出している。

だいたい学校に甘いもの持ってきてるヤツいるわけないだろ。
女子じゃあるまいし。

先程言い損ねたことを小声で呟く。



「泉?どうかしたか?」

「はぁ…。」



浜田に問われ、今度こそ泉はため息を吐いた。
どうやら自分にはこいつらを止める力はないようだ。
クラス巡りについていくしかないらしい。
不本意ではあるのだが、だからといって野放しにしておくわけにもいかないだろう。

被害は最小限に。

それが泉に出来る、せめてものことだった。
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初出

2005.11.07