僕たちの未来は

それはまるで、あの日の再現のようだった。
畠の言葉に怯えて泣いている自分も。
人気のないこの場所に探しに来てくれたことも。
何もかも、あの日の再現のようだった。
ただ、現れた人物が違っただけで。















ずっと、怖かった。





監督から三星との練習試合を組んだと聞かされた。
しかもメンバーは中学時代のチームメイトだというのだ。
性格を変えなきゃ投げさせないとも言われたけれど、三橋には、それよりも三星の皆に投げることのほうが怖かった。
合宿はどんどん進んでいく。
練習メニューをこなしてる間はそれほどでもなかったが、やはり夜布団に寝転がると、いろいろ考えてしまって眠れなかった。
身体は嫌というほど疲れきっているというのに。

畠や叶や中学時代の皆の顔が、浮かんでは自分に罵声を浴びせていく。
そのうち、自分の性格や球の遅さに呆れた西浦の皆も、同じように罵声を浴びせ、または無視し、自分のそばには誰一人として残らないだろうと思えてくる。



現に、ホンの僅かウトウトしたときに見た夢はそういうものだった。



花井が、栄口が、田島が、西浦の皆が、自分に声をかけなくなっていく。
最後には阿部が、どこからか新しい投手を連れてきて、そいつがエースだと宣言するのだ。
三橋にはもう何も言うことは出来なくて、その夢を見て以来、皆が話しかけてくれても怖くて答えることが出来なくなった。
もしも不用意な言葉で嫌われてしまったら、と。




















「5球!」



阿部の声が遠くに聞こえる。
耳に膜が掛かったように周りの音が遠い。
自分が投球練習中だということはわかるが、何処に投げているのか、自分でもよくわかっていない。
キョロキョロと周りを見回す。
やけに見覚えのある場所だ。

(何処だったっけ?)



「6球!」

「!」



阿部の声と共にグラウンドに入ってきた人物を見た途端、その場に立っていることすら出来なくなった。
一目散にその人物から離れるべく、グラウンドを飛び出していく。



(叶くん、だ。)

(叶くん、怒ってるよね。それに、畠くんも、他の皆も。)



三星のメンバーから隠れることしか頭にない三橋には、阿部の制止する声も届かなかった。




















(ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。)



いつか一人で蹲って泣いた茂みに隠れ、同じように一人泣く。
やっぱり自分はここに来てはいけなかったのだ。
彼らの顔をみることすら出来ない。
ましてマウンドで投げることなど出来るはずもない。



「おい。」

「は、は、畠、くん…っ。」



畠に隠れてる自分を見つけられてしまった。
中学時代よく隠れていた場所だったのに、やはり三星の中で隠れていられる場所などないのだ。
畠がいろいろ言ってくる言葉の意味すら、三橋の頭には入ってこない。
声の大きさが、動作が、それだけで三橋を威嚇する。



「やっぱあん時、腕折っときゃよかったか?それぐらいやんねぇと、お前にはわかんねぇか!?」



三橋には悲鳴を上げることすら出来なかった。
ただ震え、畠が諦めてくれるのを待つだけだ。
自分を助けてくれる人など誰もいないのだ。

だって、ここは三星なのだから。



「三橋ー。」



その時、三橋を呼ぶ声がした。
そんなことあるはずがないと、三橋は思う。
三星で自分を探してくれる人など、誰もいない、のに。

(あ、でもあの時は。)

フッと思い出すあの日のこと。
偶然だったに違いないが、叶が助けてくれたのだ。
叶は優しいから、自分の所為でマウンドに登れなくても、いつも庇ってくれていた。

(叶、くん…?)

だが、ガサリと木の枝を掻き分けて現れたのは、阿部だった。















いつの間にか、阿部が自分の手を握って泣いている。
自分のために泣いて、励ましてくれる。

(いい投手だって、言ってくれた。)

(オレのこと、がんばってるって言ってくれた。)

(勝ちたいって言ったオレに、勝てるって、言ってくれたっ!)



「オ、オレもっ。阿部くんが好きだ!!」










オレ、一生懸命投げるよ。
阿部くんの言うとおり、投げるよ。
阿部くんが勝てるって言うなら、本当に勝てるんだ。
ずっとオレにリードをしてください。
絶対に指示通りに投げてみせるから。
だから、オレの。
オレだけの捕手でいてください。



どうかどうか、阿部くんがこれからもずっとオレの球を捕ってくれますように。
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初出

2005.08.20