決意
午後の練習が始まる頃からずっと機嫌の悪かった阿部がやっと三橋に話しかけたのは、投球練習に入り、皆と別メニューになってからだった。
勿論怒りの感情には敏感な三橋のことだから、それまでも阿部の不機嫌の理由を思っては一人オロオロしていたのだが、今の阿部にそこまで気の回る余裕はなかった。
「なあ、あいつ、何言ってた?」
「えっ?」
「叶だよ。練習前、話があるってお前連れ出しただろ。」
「あ…、うん。」
「どんな話したんだよ。」
「…。」
「三橋?」
「あ、えっと、試合しようって。」
「はあっ!?」
「5月の練習試合のときに、オレがまた試合しようって言ったの覚えててくれて。そんで、勝ち進んで甲子園でやろうって、言いに来てくれたんだよ。」
「…そんだけか?」
「え…。うん、そうだ、よ?」
考え込む阿部。
三橋はやっと阿部が話しかけてくれたことが嬉しくて、また叶の言葉にも浮かれていたからいつになく上気した顔で話し続ける。
「叶くん、わざわざ言いに来てくれたんだよ。今日練習休みだったのに。顔見て言いたかったんだって。三星だって大会前の調整で大切な時期なのに…。」
「お前さ、なんて答えたんだ?」
「えっ、あ、あの…。」
「甲子園で戦おうって言われて、それでお前はなんて答えたんだ?」
「…うん、って言った、よ。」
「そっか。」
そう言った阿部の顔はこころなしか柔らかく微笑んでいた。
先程までのピリピリした空気が消えたことに安堵した三橋は、思い切って阿部に訊ねる。
「阿部くん。オレたち甲子園…、行ける、かな。」
「行くんだよ。オレは負ける気なんかねえからな。」
「!」
「お前もそのつもりで投げるんだぞ。」
「うんっ。」
「よし。じゃあ始めるぞ。」
絶対甲子園に行ってやる。
そしてあいつを倒して、さらに上を目指してやる。
オレがお前をあの場所へ連れてってやる。
だから、ずっとオレの、オレだけのエースでいてくれよ、なぁ、三橋。
初出
2005.08.16