約束

その日の放課後、三橋がグラウンドに行くと、叶と阿部がにらみ合っていた。



「何しに来た。」

「お前には関係ないね。」



火花の散りそうな雰囲気の中、阿部と共に一番乗りでグラウンドにやってきていた花井が、一人オロオロとしている。



「あれって三星の、だよな。」

「うん、ピッチャー、だよね。」

「誰、誰?」



三橋の横でひそひそと交わされる声。
一緒にクラスを出てきた田島・泉・浜田だ。
いつになく険悪な雰囲気に飲まれていて、田島でさえ普段の勢いが身を潜めている。
浜田にいたっては何がなんだかわかろうはずもない。
と、その時、叶がこちらに気付いた。



「廉!」

「!」



突然声をかけられて三橋はビクリと身体を振るわせる。



「廉。」



再び叶が三橋に呼びかける。
それまで阿部とにらみ合っていたとは思えないほど穏やかな声だ。
阿部が遮ろうとするのをスルリとかわし、三橋の元へとやってくる。



「か、叶く…。」

「元気だった?」

「う、うん。叶くんも…。」

「ああ、元気だよ。」



そういうとお互い顔を見合わせて笑う。
叶にとってそれは、本当に久しぶりの三橋の笑顔だった。
それに、こんなに穏やかな気持ちで喋ったのはどれくらいぶりになるのだろう。
昔に戻ったような、そんな気分になる。
5月の練習試合以来、電話やメールで近況を伝え合ってきたけれど、顔を見て喋ったのはあれ以来初めてだ。



「だからお前、何しに来たんだよ。」



幼馴染の久しぶりの再会の、和やかな雰囲気を一瞬で壊すように阿部の声が響いた。
三橋と叶を囲んで訳が分からないながらも一緒に穏やかな空気に浸っていた西浦メンバーは、その地を這うような低音に、揃って身を竦ませた。



「別にお前には用はないよ。」

「だったらさっさとここから出て…。」

「オレは廉に用があるんだから。」

「オ、オレ?」

「うん、そう。あのさ。」

「えっと、お話し中のところ悪いんだけど。」



絡んでくる阿部を無視して話し出そうとした叶を遮ったのは、栄口だった。
いつの間に来ていたのか叶の隣に立っている。



「そろそろ練習を始めたいし、手短にお願いできるかな。それに、あまりうちの捕手の神経を逆なでしないで欲しいんだよね。ああ見えて、結構短気なんだ。」

「ああそっか。悪い。」

「じゃ三橋、行ってこいよ。モモカンももうすぐ来るだろうから、早くな。」

「悪いな、ちょっと借りるよ。」

「え、えっ?」



三橋がどう反応してよいものか迷っているうちに、栄口と叶の間で話はついてしまった。
そのまま叶に腕を引かれるようにしてグラウンドの外へ出てしまう。
肩越しに振り返ってみると、着替えに行く者、グラウンド整備をする者、それぞれ動き出している。
阿部一人がしばらく騒いでいたけれど、栄口と花井に宥められ、渋々グラウンド整備を始めたようだ。
叶は、グラウンドが見えるけれど声は届かないくらいに離れると立ち止まり、三橋に向き直った。
三橋もつられて立ち止まる。
だが自分を見たまま一向に話し出さない叶に、しばらく待ってから小首を傾げて問いかける。



「叶くん…、何…?」

「そろそろ地方大会始まるな。」

「う、うん。」

「5月に、また試合しようって約束したよな。」

「うん。」

「お互い勝ち残って、甲子園で戦ろうぜ。」

「…うんっ。」

「じゃ、約束、な!」



そういうと叶は右手を差し出した。
三橋も慌てて右手を出しかけ、だが一瞬躊躇する。
三橋のためらいを見越したかのように、叶の手が強く握ってくる。
温かい手、だった。



「そろそろ行けよ。練習、始まるんだろ。」

「うん。…あの、叶くん。」

「なに?」

「今日って…。」

「ああ、うちは試験期間で今日は練習できないし、大会始まったらゆっくり電話もしてられないだろ。始まる前にちゃんと顔を見て話しておきたかったからさ。」

「それだけ?」

「ああ。ほら、行けよ。皆待ってる。」

「うん。じゃあね。」

「またな。」



叶は名残惜しそうに三橋の手を離すと、走っていく背中を見つめていた。
そして、三橋がグラウンドに入るのを見届けると、後は無言で立ち去っていく。










本当は他に言いたいことがあったんだけど。
今日のところはやめておこう。
君の笑顔が見れたから。
それだけで、オレは嬉しいから。










絶対にいつかまた試合をしよう。
約束どおり、甲子園で。
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初出

2005.07.24