待ち合わせ

「じゃあ10時に駅の改札で。」



昨日の阿部の言葉を心の中で反芻しながら、三橋は走った。
ちらりと見やった腕時計は、非情にも9時58分を差している。
駅まではあともう少し。
とはいえ、駅前には大きな交差点がある。
約束の時間に間に合わないことはもう必至だ。
それでも、少しでも早くと、三橋はビルの陰に見え隠れする駅舎を睨みながらさらに足を速めた。





* * * * *





阿部は駅に着くと、まずは改札の周りをグルリと見回した。
そして待ち合わせの相手がまだ来ていないことを確認すると、通行の邪魔にならず、それでいて周囲を見渡せる場所をキープする。
あとは三橋が来るのを待つだけだ。
手持ち無沙汰になった阿部は、ポケットから携帯を取り出すと履歴を確認する。
三橋からの連絡がないことを確かめ、ついでに時刻を確認して携帯を閉じた。
待ち合わせ5分前。
三橋がギリギリに来ることなど簡単に予測がつく。
それでも阿部が早めに駅に来たのは。

(だってあいつ、オレが先に来てなかったらショック受けそうなんだもん。)

相変わらずのオドオドっぷりではあるが、最近ではだいぶ目が合うようになってきた三橋。
昨日の部活後に約束を取り付けたときにはとても嬉しそうにしてくれた。
自分が先に来ていることで、さらに喜んでくれるならこんなに嬉しいことはない。

(けど、昨日のあいつ。本当に嬉しそうだったよな。)

改札を通り過ぎる人波を見るともなしに眺めながら、阿部は昨日のことを思い出していた。










部活の終わった午後9時。
部室に戻って着替え始めたメンバーは誰も彼も皆疲れきっていた。
身体はクタクタ。
腹はペコペコ。
でも阿部は少々浮かれていた。
明日の部活はわけあって午後からとなっている。
予定のあいた午前中に久しぶりにスポーツショップをのぞいてみようと思っていた。
もし都合がよければ、誘いたい相手もいることだし。

着替え終わったメンバーはそれぞれ別れの挨拶をすると部室を後にする。
今日の鍵当番は阿部だった。
目当ての人物は人一倍着替えが遅いから、上手い具合に二人になれそうだった。



「なあ。」

「な、なに?」



メンバーが全員部室を出たのを見届けて、阿部は三橋に声をかけた。
三橋は相変わらず不器用な手で、最後のボタンを留めたところだった。



「明日は部活午後からだよな。」

「うん。」

「オレ、久しぶりにスポーツショップに寄っていろいろ見てこようと思ってる。」

「う、うん?」

「あー、もし良かったら、どっかで待ち合わせて一緒に見ないか?」

「えっ。」

「予定あるならいいんだけどさ。時間が空くのも久しぶりだもんな。やりたいことだってあるだろうし。」

「え、あ…。」

「どうする?一緒に行く?」

「う、うんっ。」

「そっ。」

「あ、で、でも。阿部くんは、オレ、でいいの?」

「嫌だったら最初から誘ったりしねぇよ。じゃ、10時に駅の改札で待ち合わせな。店を見てから飯食って、そんで一緒に部活行こうぜ。」

「うんっ。」

「遅れんなよ。あ、でも焦って怪我とかしても困るからな。なんかあったら…。」










ガラガラッという音と共に、駅に直結しているデパートのシャッターが上がった。
午前10時。デパートの開店時間だ。
三橋はまだ来ない。
少しくらい遅れるのは想定の範囲内だ。
しばらく待って、それでも来ないようなら連絡してみよう。

(昨日、携帯番号もメアドも交換してあるし。)

携帯を開いて電話帳を確認してから、阿部はもう一度周囲を見回した。





* * * * *





ぜーぜーと息を切らせながら三橋が駅に着いたのは10時過ぎだった。
デパートの開店待ちをしている人は既になく、それでも休日らしく改札前には待ち合わせらしい人々が大勢いて、この人込の中から阿部を探し出すのは、三橋には至難の業に思えた。

(阿部くん。阿部くん、どこっ?)

キョロキョロと周りを見回すが一向に阿部が見つからない。


  時計を見て、時間確認   10時、過ぎてるっ。
  後ろを見て、場所確認   改札の前、だよね。


時間も場所も間違ってないことを確認すると、三橋はもうどうしていいか分からなかった。

(オレが遅れたから、阿部くん、怒って行っちゃったのかな…。)

だんだんと思考が下を向いていく。

(オレ、嫌われちゃった…?)

薄っすらと視界に膜が張っていく。
自分が半泣き状態なのは自覚できる。
こんなに人通りの多い場所で、高校生にもなったのに泣いてるなんて恥ずかしいとは思うけど。
でも、三橋にはそれ以上に阿部に嫌われることの方が耐えがたかった。
どうしよう、どうしよう。
そればかりが思考を支配する。
どうしたらいいのか考えられない。

(阿部くんっ。)

  「なんかあったら…。」

(あっ、そうだ!)

昨日の阿部の言葉が耳によみがえる。
何かあったときに連絡が取れるようにと、携帯番号とメアドを交換していたのだ。

(ど、どうしよう。電話していいのかな。迷惑じゃないかな。)

携帯を取り出し、電話帳から阿部の電話番号を呼び出しておいて、今更悩む。

(でも阿部くん見つかんないしっ。し、しょうがない、よね。)

グイッと涙を拭うと、発信ボタンを押した。

(まず、遅れたこと謝って。そんで阿部くんが今どこにいるのか聞いて。そんで。)



「はい。」

「…っ。」

「もしもし?」

「あ、阿部くんっ。ごめんなさいっ。オレ、遅れちゃって。でも阿部くんいないしっ。オレ、オレッ。」

「…あー、三橋?」

「は、はいっ。」

「ちょっと落ち着け。深呼吸でもしてみろよ。」

「えっ。」

「はい、すってー。はいてー。」

「?」



訳が分からないながらも阿部の言うとおりに息をすってはく。
2回も繰り返せばだいぶ落ち着いてきた。



「落ち着いたか?」

「うん。」

「今いるの改札の前か?」

「うん。」

「じゃあその場で回ってみろよ。首だけじゃダメだぞ。」

「う?」

「ほら回って。」



再び阿部の言うとおりにその場で回る。
右向きに90度。
視界が変わるがそこに阿部はいない。



「阿部くん?」

「もっと回って。もっともっと。」



阿部の意図が読み取れず疑問ばかりが膨らんでいく。

(このまま回ってたら阿部くんが見つけてくれるのかな。
 でも、 『三回まわってワン』 とかだったら嫌だな。)

グルグルと思考を回しながら、身体も回していく。
90度。また90度。

(阿部くん、いたっ!)

少し離れた柱のところに阿部が携帯片手に手を振っている。



「阿部くん、見つけたっ!」

「おう。」



通話を切ると、三橋は阿部のところまで転がるように駆けていった。



「阿部くんっ。」

「おはよ。」

「おはようっ。あの、遅れてごめんなさいっ!」

「いいよ、もう。具合が悪いとかじゃないんだろ?」

「うん、大丈夫っ。朝ちゃんと起きて、ご飯もちゃんと食べたよっ。」

「そっか。じゃ、行こうぜ。店もう開いてるし。」

「うんっ。」



そういうと、二人は店までの道程を歩き出した。




















《おまけ》





「そういえば、お前、なんで遅れたんだ?」

「う。ちゃんと間に合う時間に家は出たんだ、よっ。でも、途中に犬を飼ってる家があって。そこ、普段は繋いでるのに、今日は放してたから。犬が、オレのほう、寄ってきてっ。」



話しているうちに涙目になってきた三橋を見つつ、阿部は

(コイツの犬恐怖症、治さねぇとな。)

一人決心していた。
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初出

2005.07.03