夏はこれから!

木陰に座り込んで身体を休める。
練習試合の合間。
一日に二試合組み込んであるから、どうしたって間に休憩が必要になる。
控えがそれなりにいる相手校はまだしも、うちは総勢10名だし。
まぁ昼食時間も兼ねているんだけどね。


そのしばしの休憩時間。


相変わらず阿部は三橋の世話に余念がない。
投手に一日に二試合投げさせるなんて無茶をモモカンは許可しないから、次の試合、三橋の控えは決定事項だというのに。
普通、試合に出る自分のことを優先させるもんじゃないのかな。


田島は一試合終えた後だというのに元気一杯だ。
元気すぎてモモカンに説教を喰らってる。
そりゃ他校が来てるんだ、礼儀には敏感になるだろう。
なにしろうちの4番は怖いもの知らずだから。


他の面々はそれぞれ身体を休めている。
これからもう一試合するのだ。
これが普通だろう。


夏大前のこの時期、晴れれば暑い。
今朝の天気予報では30度を超える夏日となると言ってたっけ。
梅雨なんだから雨が降ればいいと思うのに、本当に雨が降ったら練習が出来なくなる。
それだけは本当に困る。
やることはたくさんあるのに時間が足らない。
なんていう矛盾。





少しでも涼を取りたくて木陰で休んでいた栄口は、グラウンドを眺めながらため息をついた。
それが思いがけなく大きかったのだろう。
少し間を空けてやはり座り込んで食後の休憩をしていた花井が聞きとがめて訊ねてきた。



「どうした栄口。」

「や、別に。」

「そうか?」



自分が何故ため息をついたのか、それすらわかっていない栄口には答えることが出来なかった。
だが、暑さに参っているのは花井も同じで。
それ以上の問いかけはなかった。

穏やかな沈黙の中、栄口は自分のため息の理由を探す。
そんなに深い意味があっただろうか。
暑さに参っていただけじゃないのか。
グラウンドの周りを見るともなしに眺めながら栄口は口を開いた。



「なあ、花井。」

「なんだ?」



普段より幾分ぼんやりした声が返る。
いくらハードなスケジュールに慣れてきたとはいえ、真夏のようなこの暑さでは外にいるだけで体力を消耗してしまう。



「お前さ、なんでキャプテン承諾したの?」

「んー?」

「オレたちとしては嬉しかったけどさ。お前からしてみればシニア出身の阿部とか4番の田島とか、候補はあったんじゃないのか?」

「ああ、まあな。」

「だったら。」

「オレだって考えたよ。1年しかいないオレらのまとめ役だ。前面に出る割にやることは縁の下の力持ちだからな。どう考えたってまず田島にゃ無理だろ。あいつに任したらまとまるもんもまとまりゃしねぇ。」



そりゃそうだ。田島は確かに頼れる4番だけど、まとめ役には向いてないな。
栄口は普段の田島の行動を思い返して、クスリと笑う。



「後は阿部か?シニア出身だし、捕手だから試合展開を握ってるっていう点では適任かもしれないけど。考えてもみろよ。阿部がキャプテンだとしたら…、怖くないか?」



そう言った花井の顔が、心底阿部を怖がっている風だったので栄口は吹き出した。
途端に花井が憮然とした顔つきになる。



「ごめんごめん。や、よくわかるよ。阿部って短気だからすぐ怒るもんね。」

「他の奴らは役付きなんてとんでもないって顔してたしな。西広は初心者だから論外だし。ああ、お前も。シニア出身のくせに他人事のような顔してたな。」

「だって適任がいるんだからしょうがないじゃん。」

「グルリと見回したらオレがやるのが一番良さそうだったんだよ。そんだけだ。」



だいたいあそこまで全員の意見が一致していて、拒否出来るはずもないだろう。

というのは花井の心の声。
釈然としない顔のままのキャプテンを見て栄口はもう一つ質問する。



「じゃあさ。副キャプテンにオレと阿部を指名したのはなんで?」

「だからそれは同じクラスだから相談がラクなのと、内野のまとめとして…。」

「うん、それは聞いたよ。そうじゃなくて本音の部分で。だって同じクラスっていうなら水谷だっていいはずだし、内野なら沖だって巣山だっていいよね?」

「…。」

「花井?」

「…ああ、もうっ!わかったよ。言えばいいんだろ!阿部を指名したのは実力と頭の切れ具合から言って適任だと思ったから!で、お前を指名したのは。」

「阿部に意見出来るのがオレくらいだから?」

「…っ。」

「当たり?」

「だってよ、あいつ時々人をチームメイトだと思ってないような気がしないか?特に三橋が絡むと。」

そういうと花井はこころもち肩を下げ、チラリと視線を逸らした。
つられて栄口が見た先には未だに三橋の世話を焼いている阿部の姿があった。
いい加減次の試合に備えて自分の世話をしろと言うのは、花井と栄口、二人の共通する思いだろう。



「阿部にとって、三橋は 『オレら』 のエースじゃなくて 『オレ』 のエースなんだろうね。」



そういいながら時計を探して時間を確認する。
休憩終了まであと10分。
それまでに阿部が次の試合に意識を向けてくれるといいなと思う。
キャプテンご指名の阿部担当だが、栄口だって本気で怒ってる阿部は怖い。
同中の気安さから他のメンバーより平気そうに見えるだけだ。


栄口は、ググッと伸びをして立ち上がった。
見上げた先は灰色の雲の間からところどころのぞく青空。
この空が快晴となる頃には夏大はどこまで進んでいるだろうか。
願わくばこのチームで勝ち上がっていけますように。
そのためには、まずは次の試合も勝たなければ。





夏はまだ、始まったばかり。
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初出

2005.06.26