欲しいものはたった一つ
その日榛名がまだ午後の早いうちに秋丸と帰っていたのは、別に部活を休んだとかそういうわけではなく、ただ試験期間のために部活が出来なかっただけなのだ。
そうでなくては部活が終わってからも自主練を欠かさない榛名がまっすぐ帰るわけがない。
既に学校行事を一通り経験している2年生としては、試験勉強に精を出す気力はあまりなかった。
高校に入りたての1年生や、大学受験を控えている3年生とは違う、のんびりした空気が漂うのが2年生の特徴だ。
自宅で素直に勉強するとは思えず、かといって無断で学校の施設を使えるわけもなく、渋々帰宅した榛名だった。
「あーあ、持って帰んの面倒くせーな。」
教科書やらノートやらが詰め込まれたカバンを肩に揺すり上げ、榛名はぼやいた。
と、そんなに大きな声で言ったわけでもないのに律儀に秋丸が応える。
「なに言ってんだよ。せっかくみんながくれたプレゼントだってのに。」
「だってよぉ。スポーツタオルとかならまだしも、ケーキだのクッキーだのこんなに大量に食ってられっかっての。」
「そんなこと言うなよ。わざわざお前のために作ってくれたんだぞ。」
「どうせならプロテインとかなら良かったのによ。ちゃちい奴じゃなくてちゃんとした奴。」
「我がままだなあ、榛名は。」
「あっ!」
「んっ?」
「そういや秋丸からはまだ貰ってねーよな。くんねーの?」
「あげないよ。せっかくあげたのにケチつけられちゃたまんないからね。」
「えー、ケチなんてつけてねーじゃん。」
隣でブツブツ言いながら歩く榛名を見上げ、心のなかでそっと秋丸は思った。
(だって、お前がプレゼントを貰いたい相手は俺じゃないし。)
ふと、榛名の視線が横に逸れる。
視線が逸れると同時に立ち止まった榛名を不審に思い、秋丸がそちらを見やると。
その先には二人の高校生が話しながらこちらに歩いてくる。
その片方に見覚えがあるような気がした。
どこで見たんだっけ、と首を傾げた秋丸の隣で、榛名がその二人を呼び止めた。
「よお、隆也。」
ああ、そうだ。
タカヤ、だ。
シニア時代に榛名と組んでいたキャッチャー。
先日の浦和総合との試合を見に来ていたことを思い出す。
「…ちわす。」
「何やってんだよ、こんなとこで。」
「図書館の帰りです。試験期間中なもんで。あんたこそ何してんすか。」
「俺ぇ?なー隆也。今日何の日か覚えてるか?」
その途端、阿部の顔が嫌そうに顰められる。
何か思いついたようだったけれど、そ知らぬ顔で問いかけた。
「なんかありましたっけ、今日?」
「今日は俺の誕生日だろー?プレゼントとかねーのかよ。」
「そんなんあるわけないでしょ。」
「えっ、た、たんじょおび。」
その言葉に阿部の連れの態度が変わった。
オロオロと、何か失敗でもしたかのような落ち着きのなさだ。
「相変わらず生意気だな、お前。」
「おい、榛名。」
横から秋丸が制止の声をかける。
なんだか険悪な雰囲気になりそうだった。
こんな往来で騒ぎになっては困りものだ。
なんといっても夏大前。
相手もこちらも、問題を起こしたいはずもない。
「バッテリー組んでたこともある先輩に向かってその態度。ちっとは改めようとか思わないのかよ。」
「あんたがっ、あんたにそんなこと言える義理ないだろうがっ!」
だが秋丸の心配を他所に阿部と榛名は言い合いをやめない。
これが二人のコミュニケーションだ、とでもいうように次から次へと言葉が続く。
思わず心の中で頭を抱えた秋丸を尻目にさらにヒートアップしそうな勢いだ。
そこへ小さいけれど珍しく勢いのある(それがわかったのは阿部だけだったが)声が掛かる。
「あ、の!」
「んん?」
「三橋?」
「た、誕生日、おめでとうございま、す!」
顔を真っ赤にしてそれだけを言う。
言い合いをしていた二人、特に榛名は意表をつかれたようだ。
きっといつものように阿部しか見えてなかったのだ。
阿部にも連れがいたことなど、これっぽっちも気がついていなかったに違いない。
「!お、おう。サンキューな。」
「別にいいんだよ、こいつは。」
「で、でも、オレの時は、皆、で、お祝いしてくれた、し!」
「素直でいい子だなぁ。どっかの生意気な奴とは大違いだ。」
そういうとふわふわの頭をぐりぐりと撫でた。
かなり雑に扱ってるのがわかるように、撫でられてる頭が同じように揺れている。
されるがままの姿からは、嫌なのかそうでないのかはわからない。
「隆也みたいにひねくれるんじゃねーぞ。」
「よけーなお世話だっ!それにこいつに勝手に触らないでください。」
阿部は榛名の手から三橋を取り戻し、自分の背に隠す。
引っ張られた拍子にグラリと傾いだ身体を阿部の腕を掴むことで支えた三橋は、そのまま顔だけを横から出す。
「隆也!今日はコイツに免じて許してやる。いい加減に礼儀ってもんを身につけとけよ。」
そういうと、榛名はさっさと歩き出した。
置いてかれかけた秋丸が慌てて「じゃあね。」と手を振り後を追いかける。
残されたのは怒りに震える阿部と、それを不安げに見上げる三橋だった。
初出
2005.06.19