涙の数は
一生のうちに打つ鼓動の数は、どんな生き物でも同じだという。
鼓動の早い動物は短命だし、逆にゆっくり打つ動物は何年も生きる。
ならば涙の数はどうなのだろう。
どんな人間も一生のうちに流す涙の分量は同じなのだろうか。
「三橋。いい加減泣き止めって!」
「あ、う…。」
今日も今日とて我が西浦のエースは泣きっぱなしだ。
出会ってからもうどのくらいたつだろう。
日々の練習や合宿などを通してエースの思考回路に慣れてきた感のある阿部だったが、突然泣き出されてしまうと、今度は何がツボに入ったのかさすがにわからない。
「まったく。今回は何がそんなに嫌なんだ?」
「う…。」
「黙ってたらわからないって言ったろ?」
「…だ、だって…。」
「ん?」
「だって、オレ、な、投げたい、よ。」
三橋のその言葉に、思わず阿部はため息を吐いてしまう。
すると怒られたと思うのか、三橋の身体が大きく震える。
それを見て阿部は極力優しい声を出そうと努めた。
「あのなあ。今日は投げるの禁止って言ったよな。」
「う、ん。」
「なんでダメなのかお前だって聞いてたろ。」
「で、も。ちょっと、くらい。」
「三橋。」
「は、いっ。」
「予防接種したんだから、ダメなものはダメ。無理して熱でも出たらマズイだろ。」
「う、ん。」
「その分明日は少し多めに投げさせてやるから。」
「!うんっ。」
「でも、腕に負担掛からない程度にだからなっ。」
「うんっ。」
コクコクと、頷く三橋を眺める。
ようやく機嫌が直ったらしく、はにかみながらも笑顔を向けてくる。
三橋の笑顔をいとおしく眺めながらも、流す涙の分量が同じであってたまるかと、心の底から思う阿部であった。
初出
2005.05.28