願い事

「なあ、なんでも願いが叶うとしたら何を願う?」



部活も終わっての帰り道。
ふと思いついて阿部は三橋に尋ねてみた。
今日は仕上げに投球練習を持ってきたため、最後に部室を出ることになった二人だった。
とはいっても、普段から動作の遅い三橋が早く着替え終わることなど滅多にないことで。
けれどもそんなときでも用事のない奴らは大抵待ってやっている。
なんだかんだいいつつも、うちの投手はチームメイトから大事にされているのだ。
なんにしろこれは阿部にとって絶好のチャンスだった。
誰に気兼ねすることもなく三橋を独占できる。
三橋はと言えば、突然聞かれた質問に対処できず、キョドキョドと視線をさ迷わせている。



「三橋。お前の願い事ってなんだ?」

「願い、事?」

「そう。欲しいものとか、やりたいこととか。なんかあるだろ?」

「欲しい、もの。」



そういうなり三橋は考え込んでしまった。
歩いていた足も止め、それはそれは真剣に。
その三橋の姿に、そんなに考え込むようなことだったかと、阿部のほうが動揺してしまう。



「そんなに真剣に考えなくてもいいんだよ。こう、直感でさ。」

「う、ん。」



阿部がこんな質問をしたのは、勿論下心からで。
自分でなんとかしてやれそうな願いだったら叶えてやろうと思っていたのだ。
なぜならもうすぐ三橋の誕生日なのだ。

好きな奴の誕生日は、祝ってやりたいだろう?

絶対にマウンドは降りないとか、もっと速い球を投げられるようになりたいとか、そんなことだったら阿部にはどうしようもないことなのだけれど。
勿論腕に支障がない程度に練習に付き合うことに異論はないが、三橋が一番に言いそうな台詞を思いついてしまい脱力感は否めない。
どうせ三橋は阿部の思惑など全く気付いてはいないのだ。
どんな突拍子もない答えが返ってくるか、わかりはしない。



「あ…!」



何か思いついたらしい三橋が軽く声をあげる。
だが、それ以上は言葉にせず、逆に俯いてしまった。
その頬が紅く見えるのは、たぶん夕日の所為ばかりではないだろう。



「なんだよ。言ってみろよ。」



言葉が悪い自覚のある阿部は、出来る限りの優しい声で言う。
その声に背中を押されたかのように三橋がゆっくり顔をあげた。
そのまま上目遣いで阿部の顔色を伺っている。
まだ答えを言おうとはしない。



「三橋。」

「あ、阿部、くん。」

「なんだよ。」

「や、だから。」

「ほら言えよ。怒ったりしねぇから。」

「だから、阿部、くん、って。」



三橋がやっと答えを言う気になったらしいのに、阿部には何が言いたいのかわからない。
ある意味、それは日常茶飯事で。
いつもなら怒鳴っててもおかしくないのだが、さすがに今日は声を荒げることはしない。
意地でも我慢してみせる、とは阿部の心の声だ。
だがそれがいつまでもつかは、当の阿部自身にもわからないのだけれど。



「だから。阿部くん、なんだ。オレ、阿部くん、が、捕ってくれないと、ダメピー、だから。阿部くん、が、いないと、ダメ、なんだ。」



予想外の三橋の言葉に、何通りもシミュレーションしていた阿部の思考はしばらく動きを止めた。



「阿部、くん?」



そして、不思議そうな顔をした三橋が声をかけてくるまで、紅く染まったその顔を見つめていた。
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初出

2005.05.17