あなたには勝てない、勝つ気もないけれど

「まったく。よく泣くよ、こいつは。」



部室の隅っこで蹲って泣いている三橋を見ながら、阿部は思った。

確かにちょっとキツク言い過ぎたかもしんねえ。
言葉が乱暴なのは自覚してるし。
でも、泣かれるくらい強く言ったつもりはないんだけどな。
ま、しょうがねえか。
これがうちのエースなんだし。



改めて三橋の様子を伺う。
だいぶ落ち着いたようだ。
しゃくりあげる声が聞こえなくなった。



「おい、三橋。そろそろ帰るぞ。」

「…。」

「三橋?」

「…。」



返事もしたくないとか言うんじゃないだろうな。
そんなことになったら三橋を可愛がっているチームメイトに何を言われるか分かったもんじゃない。
不本意ながら泣かせてしまった手前恐る恐る手を伸ばした阿部だったが、それが三橋に触れる直前でふと、止まる。



「こいつ…!」



寝てやがる!



先程まで確かに泣いていた三橋が、穏やかな寝息をたてて寝ているのだ。
思わず怒鳴りつけそうになった阿部だったが、そこをグッと我慢する。
そしてため息を一つついた後、阿部は三橋が起きるまでの時間潰しにカバンから本を取り出したのだった。
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初出

2005.06.04
過去拍手お礼文(2008.05.18蔵出)